【あんぱん】「3人の役者」の圧巻の演技に魅せられた今週。印象的な「光と影の演出」の意味を考察

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「光と影の演出」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】オリジナル要素強めの今週。脚本家がモデルの少女登場と"質感が違う2人"の物語に注目

※本記事にはネタバレが含まれています。

【あんぱん】「3人の役者」の圧巻の演技に魅せられた今週。印象的な「光と影の演出」の意味を考察 pixta_121705072_M.jpg

やなせたかしと妻・暢をモデルとした朝ドラ『あんぱん』第23週「ぼくらは無力だけれど」。SNSを賑わせたのは、八木(妻夫木聡)と蘭子(河合優実)のねっとりした恋模様だった。戦争で失った豪(細田佳央太)の半纏を眺める蘭子、開けられないジャムの瓶を八木に渡す場面、雨の中で八木が蘭子の指を撫でる瞬間----朝ドラとは思えないほど濃密な情感に満ちたシーンの数々。羽多子(江口のりこ)が結太郎の帽子を蘭子にかぶせ、「自分の気持ちに正直に生きなさい」と背中を押す流れも含め、まるで別作品のような湿度の高い恋愛ドラマが展開された。

それはさておき、今週重要だったのは、嵩(北村匠海)がついに漫画家としての突破口を見出し、夫婦が探し続けてきた「ひっくり返らない正義」への答えが見え始めたことだろう。

羽多子が嵩とのぶ(今田美桜)との同居を始めた第23週。嵩が書いたラジオドラマ「やさしいライオン」は多くの人の心を打ったが、産みの母・登美子(松嶋菜々子)の反応は辛辣だった。本来の結末----母も子も銃で撃たれるという残酷な結末を、ライオンのブルブルが母犬のムクムクを背中に乗せて飛ぶメルヘンな着地に変えたことを「甘い、だからその歳になっても代表作がない」と批判する。

これに激怒した羽多子は「こんなに優しい息子はいない」と登美子に詰め寄り、「あんたはムクムクやのうて、ムカムカや!」と激しく糾弾。一触即発の状況にのぶが「そこまで!」と割って入ると、二人は顔を見合わせて吹き出してしまう。

一方、独創漫画派の世界旅行に誘われず、「僕はみんなから軽く見られてるんだ」と落ち込む嵩。漫画の代表作がないことに苦悩する嵩をのぶは外に連れ出し、神社の石段を駆け上がり、弱音を吐く嵩を「嵩、たっすいがーはいかん」と激励。父・結太郎(加瀬亮)が「のぶは足が速いき、いつでも追いつける」と言っていた言葉をアレンジし、「嵩は足が遅いき、いごっそうになれ」と伝える。「いごっそう」とは土佐弁で頑固一徹、一本気な男を指す言葉。実はこの言葉は、嵩が伯父・寛(竹野内豊)から言われていた言葉だった。

その後、週刊誌の漫画懸賞を見つけたのぶは、嵩に応募を勧める。すでにテレビで漫画教室の先生をやっている有名人の嵩にとって、「落ちたら物笑いの種」になるリスクがあったが、のぶは再び「いごっそうになれ」と背中を押す。漫画に集中する嵩は、主人公の顔が浮かばず悩んでいたが、結太郎の帽子をかぶったのぶが掃除機をかけている姿を見て閃く。顔も国籍もない謎の男「ボオ氏」を主人公にした漫画は見事大賞を受賞したのだ。

そんな中、「漫画の神様」手嶌治虫(てじま おさむ・眞栄田郷敦)が嵩のもとを訪れ、大人のアニメ映画「千夜一夜物語」のキャラクターデザインを依頼。嵩は主人公のイメージとして「風来坊」を提案する。風来坊といえば草吉(阿部サダヲ)だ。奇しくも、その草吉が久しぶりに姿を現したことが、嵩の創作への重要な示唆となった。

蘭子とばったり再会、のぶ達の家に連れて来られた草吉は、再会した羽多子に自分たちは草吉を家族だと思っていたのに食卓を共にすることを拒んでいた、心に垣根を作っていたと指摘される。そこで、カナダで巻き込まれた戦争体験を語り始める。「国だの戦争だの、そんなものに二度とふりまわされるもんか」という決意で根無し草として生きてきたという。その言葉を聞いたのぶは、草吉の心にはまだとげが刺さっていると感じる。

8月15日の黙祷後、嵩は戦争で亡くなった弟・千尋(中沢元紀)を思いつつ、千尋を失った登美子のためにも、豪を失った蘭子のためにも、戦争で心に傷を負った草吉のためにも、「心のとげを抜いてあげたい」と語る。のぶの「どこの国の人でも何が起きてもひっくり返らんもの、みんなが喜ぶこと」という問いかけに、戦地で死にかけた際に幻となって現れた父・清(二宮和也)の言葉「こんな愚かな戦争を始めたのも人間だ、でも人間は美しいモノを作ることもできる」が蘇る。その言葉が引き出しに眠っていた「太ったカッコ悪いヒーロー」の絵と結びつく。

嵩が生み出した「ボオ氏」という顔も国籍もない謎の男が、草吉の「国だの戦争だの、そんなものに二度とふりまわされるもんか」という言葉と対になっていることは興味深い。顔の違いや名前の違い、国の違いで差別しない、分断しない、戦わない----それこそが夫婦が探し続けてきた「ひっくり返らない正義」の一つの答えなのではないか。

今週の見どころの一つは、光と影の演出だ。嵩が懸賞漫画に全力を注ぎ、ついに完成させた朝。応募に向かう嵩とのぶの晴れやかな顔を眩しい光が照らし出す。それは長い苦悩のトンネルを抜け、視界が急に開かれたような眩しさだった。草吉の戦争体験を聞いたのぶの憂いと、それを嵩に語り、夫婦の探し続ける「ひっくり返らない正義」に思いをはせるシーンでは、窓の外の闇がうっすら白んでいった。この闇の色の変化から、時間の推移が見え、夫婦が日頃からいかにじっくり向き合い、じっくり言葉を交わしているかがうかがえる。

終戦の日の黙祷後、登美子、蘭子、八木、草吉----それぞれ心に痛みを抱える人々を、やわらかな光が包む。心のとげは抜けないけれど、新たな希望の光がその傷を癒す、そんな未来を象徴するように。NHKスペシャル『鬼太郎が見た玉砕〜水木しげるの戦争〜』など、戦争を描く作品を多数手掛けてきたチーフ演出・柳川強さんの平和への思いも込められているかのような、印象的な光と影の演出だった。

その一方で、江口のりこと阿部サダヲという喜劇の達人の芸達者ぶりも光った。嵩の懸賞の賞金を聞いたときの江口の「100万円かよ!」という絶叫は、テンポ、音量、トーン、すべてが完璧。阿部の「お前ら全員老けたな」に対する羽多子の「鏡、見ます?」との切り返しも秀逸。この二人が現れるだけで場の空気が一変し、会話にスピードや緩急が生まれ、温度が変わる。シリアスな戦争体験の語りと軽妙な笑いのコントロールは見事だ。

そして、なにげなくうまいのが北村匠海だ。重心を落とした座り方には老いが見え、女性陣の激しいやり取りの最中、部屋の入口に所在なさげに立っている姿は、まさに「唐変木」な嵩そのもの。断れない性格から便利屋になってしまった嵩の漫画家としての焦りも、いつでものぶがすべての原動力になっていることも、その視線が饒舌に表現している。

「いごっそう」----速く走れない代わりに、自分の道を貫き通すこと。長い苦悩の時代を経て、プライドをかなぐり捨てた懸賞への再チャレンジが、ついに実を結んだ。

史実では、やなせたかしが『アンパンマン』を生み出したのは50歳を過ぎてから----これまで積み重ねてきたすべてが結実する瞬間が、いよいよ近づいている。第23週は、その萌芽が確かに芽生えた週だった。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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