「事務の仕事が性に合ってなかったみたいです。社風が古臭くて、女性はいつまでたっても事務の女の子扱いで、責任ある仕事はさせてもらえない。実際、20年以上働いている女性もいたんですけど、せいぜい女性社員をまとめる主任の肩書が付く程度でした。私はキャリアを積みたいと思っていたから、現実を見てがっかりしました」
彼女が就職した20年ほど前はまだ、いずれ女性は結婚して子供を産んで退職するのだから責任ある仕事は任せられない、という風潮が残っていたのだろう。いや、今もないとは言えない。就職先の事前のリサーチは必要である。
「それと社内の人間関係も良好とはいえませんでした。ほとんどの女性社員は社内恋愛して寿退社するのが目的で、話題といえば誰と誰が付き合っているとか別れたとか、そんな話ばかり。中でも新人教育の担当の先輩女性とは最悪でした。新入社員って、どうしても男性社員からちやほやされるじゃないですか。それが気に食わなかったみたいで、結構いじめられました」
それは災難だった。が、それもよくある話である。
私自身、会社員を30歳までやっていたので、その間、女性新入社員に浮足立つ男たちの様子は毎年のように見て来た。まあ、自分だって若い頃にそうされた経験もあるわけで、翌年になればまた同じことが繰り返されるだけである。慣れている分、殊更腹が立つことはなかったが、女性新入社員の方が図に乗って、先輩女性社員をないがしろにするような態度を見せれば、やはり人の子、意地悪のひとつもしてやりたくなるだろう。
彼女がそうだというつもりはないが、先のことを考えれば、実質的に付き合ってゆくのは先輩女性社員の方である。その辺りは予め踏まえておいたほうが得策である。
それはともかく、仕事にやりがいが感じられなくても、人間関係が良好なら頑張れるが、両方駄目だとやる気が湧いてこないものだ。
「もう、辞めたくて辞めたくて。それで叔母に相談したんです。叔母は独身で、バリバリのキャリアウーマンでしたから、いいアドバイスがもらえるんじゃないかと思って」
何て言われた?
「最初に『まず、会社を辞めて何をしたいのか』と聞かれました。その時は何も考えていなかったので、答えられませんでした。叔母からは、ただ辞めたい、違う仕事をしたい、そんな甘い気持ちでいるなら今の会社を辞めるべきじゃないって言われました。どこに行ったって我慢は必要だし、合わない相手はいるものだって」
的確なアドバイスである。
転職したものの、うまくいかず、結局転職を繰り返すばかりで何も身に付かないまま、キャリアアップどころかキャリアダウンしてしまった人を何人も知っている。
「それで『石の上にも3年』と諺(ことわざ)にもあるように、とにかく3年は我慢して、転職のために準備をしようと決心したんです」
準備というと?
「まず自分がどんな仕事をしたいのかをじっくり考えました。私がやっている事務仕事の中に、権利関係があったんです。土地所有者の権利や、居住者の権利をまとめる仕事です。私はただ書類を作るだけだったんですけど、この先、この分野は結構いけるんじゃないかって思いました。それでいろいろ調べて、知的財産関係の検定を受けて、まず技能士の資格を取り、その分野で経験を重ねていけば、ゆくゆくは弁理士の道もあることがわかりました。それで弁理士に目標を定めることにしたんです」
こうと決めたら計画を立て、それに向かって着々と土台を固めて次のステップへと進んでゆく。とても賢く、堅実な女性である。
「その間は恋愛禁止にして、まずは技能士の資格を取るために必死に勉強しました。おかげさまで2年後に取得することが出来ました」
頑張ったね。転職の方は?
「はい。決めていた通り3年後、著作権や放映権などを扱うライツ事業会社に転職することができました」
言葉にしたら簡単そうに聞こえるが、なかなかできるものではない。その頃、彼女は24歳。遊びたい時だってあったろう、気になる男性だっていたに違いない。それでも流されることなく意志を貫き、目標を達成した。そんな彼女の生真面目さと頑張りに拍手を送りたい。