『九十一歳、銀座きもの語り』 (村田 あき子, 西端 真矢 /KADOKAWA)第7回【全7回】
銀座で200年の歴史を紡いできた、小さな呉服店。その暖簾(のれん)を守り、90歳を過ぎてもなお、凛として店に立ち続けたひとりの女性がいます。それが「染織工芸 むら田」の店主・村田あき子さん。きものと共に歩んで70年、店主として30年。本書『九十一歳、銀座きもの語り』(KADOKAWA)は、村田さんが銀座の街で見つめてきた「きものと手仕事」、そして家族との愛おしい日々を綴った一冊です。人生の後半戦をいかに豊かに、美しく過ごすか――。そのヒントが、彼女のたおやかな語り口の中に溢れています。今回は本書の中から、きものに導かれた美しき人生の記憶を、抜粋してご紹介します。
※本記事は村田 あき子 (著), 西端 真矢 (著)による書籍『九十一歳、銀座きもの語り』から一部抜粋・編集しました。

先代吉茂(右手前)は、好んで釣りに出掛けた
変わり者の店主
先代を知るお客様の間で今も語り草になっているのが"売ってもらえなかった"思い出です。驚いたことに、似合わないと思えば先代は絶対にきものを売ろうとしない店主だったのです。それも身も蓋ふたもないほど直截に「およしなさい。似合いませんよ」などと言うので、私はいつもはらはらさせられていました。若いお嬢様に「あなたはまだきもののことを分かっていないから、もう少しお勉強していらっしゃい」と言うことさえあったのです。そんな調子ですから時にはお客様と口論にもなりますが、少しすればまた来店して頂けるのは不思議なほどでした。そしてそんなお客様ほどいつしか先代の崇拝者のようになっているのでした。
とは言え、お客様としても、どうしても反物をあきらめられないこともあり、中には頭脳戦を展開される方もいらっしゃいました。朝に弱い先代がまだ姿を現さない開店早々の時間を狙って、そそくさと買い物をされるのですが......、こんな工夫をしなければ好きな反物を買えない店というのも尋常ではありません。
もう一つ、やはり語り草になっているのが、とどまることを知らない熱弁です。ああ、駄目だな、こんな配色は野暮ったい。ありきたりな古典模様だってこうしてデフォルメすれば新しく見せられるんだから......などなど、年がら年中きものに頭をめぐらせアイディアがあふれて止まらないのです。その相手は、ある時は"模様師さん"と呼ばれる職人さんでした。誂えの図案の打ち合わせに来たら最後、店の二階でお酒を酌み交わしながら始発まで帰してもらえません。また、仕入れに行った問屋さんでも番頭さんを相手に三十分、一時間と熱弁を振るい、先方も「むら田さんが来た! 話が長いぞ」と心得ていますからふんふんと聞いてくれますが、そうやって物申すだけで何も買わないのも、そこは江戸っ子としては格好がつかないということで、結局、何点も発注して帰ることになりました。
そんな先代は、自分自身も大変おしゃれな人でした。ふだん店に立つ時は洋服のことが多く、シャツはやや丸みを帯びた衿の「和光」製、スーツはホームスパンの上質なツイードで作り、靴下なども微妙に色調が違うグレー系でとんでもない数を揃えていました。きものについては紬を好み、紺、焦げ茶、鼠色などの濃い地色の小絣やしっかりとした地風の無地、特に結城紬をよく着ていました。薩摩など木綿の織物も大変気に入りで、私の息子たちが受け継いで今でも着ています。
"姿がいい"と先代はよく口にしました。あの人は姿がいい。この帯にこのきものなら姿がいい。そういう先代もまた、実に姿は良かったのです。








