大ピンチ! レストラン「ツボ屋」の近くに大手チェーンのパスタ専門店が開店!?/潮風テーブル(4)

「偵察に?」愛が、訊き返した。わたしは、うなずき、

「あっちの店が、どんなか、偵察してみる必要があるかも」

〈パスタ天国〉の店長も、うちを偵察に来た。それなら、こっちも偵察に行く必要があるだろう。

「でも、わたしたちの顔、バレてるよ」と愛。それはそうだ。さっきも、店長はわたしたちの事を見ていた。

「なんか、作戦を考えなきゃ......」

「え......これ?」と愛。その帽子を手にして言った。  

翌日。お昼過ぎだ。  

偵察には、愛を行かせる事にした。ボケナスのわたしが行っても意味がないので、目ざとい愛を行かせる事にした。親友のトモちゃんと二人で......。

「でも、わたしの顔もバレてるよ」と愛。

「だから、変装していくの」とわたし。古い野球帽をとり出した。

「変装?」

「そう、男の子にね」

あの、風呂場を覗かれたときの事。  

たまたま覗いてしまったオッサンは、愛を見て〈坊や〉と言った。  

酔ってた事もあり、愛を男の子だと思った......。それは使える......わたしは思った。  

愛には、ジーンズを穿かせた。そして、わたしが中学生の頃に着ていたGジャンを出してきて着せた。  

最後は、野球帽。お爺ちゃんがかぶっていた横浜のチームの野球帽だ。  

愛の髪は、肩まである。その髪をアップにして大きめの野球帽の中に入れた。それを見て、

「いいかも」とわたしは言った。  

その姿だと、男の子に見えない事もない。やや丸顔の男の子......。  

5分後。店に入ってきたトモちゃんは、プッと吹き出した。

「どうしたの、愛?」

「イメージ・チェンジよ」とわたし。トモちゃんに事情を説明した。

「なるほど、変装か......」とトモちゃん。

「知ってる人なら、すぐに愛だとわかるけど、店の人は気がつかないかもね......」と言った。

「じゃ、頑張ってきて」わたしは、レジから千円札を三枚ほど出し、愛に渡した。

「ほら、たくさん食べるんだよ」  

わたしは、猫のサバティーニに言った。  

今朝は、久しぶりに魚市場で魚を拾えた。網から上げるときに傷がついた魚や、脚の千切れたヤリイカなどを拾えた。  

わたしはいま、その中のアジをサバティーニに食べさせていた。  

鮮度がいいので、サバティーニはアジの刺身をはぐはぐと食べている。その姿を眺めて、

「いくらでも食べていいからね、宣伝部長」とわたしは言った。  

いつも、店の出窓から外を見ているサバティーニ。  

その可愛さに惹かれて入ってくるお客も多いのだ。  

強力なライバル店ができてしまったいま、招き猫のサバティーニは、頼みの綱かもしれない。  

そんな事にはおかまいなく、サバティーニははぐはぐと魚を食べているけれど......。

「お帰り」とわたし。愛とトモちゃんが、店に戻ってきた。

「けっこう時間かかったね」二人が出て行ってから、2時間以上たっている。

「それが、いろいろあって......」とトモちゃん。  

見れば、愛の表情が硬い。目も腫れぼったい。泣いたあとのように......。

「何があったの!?」とわたし。

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

この記事に関連する「暮らし」のキーワード

PAGE TOP