【第1回】海辺のボロ料理店に台風到来! 不安な夜、少女が語った「離散した家族との思い出」
湘南の港町にある素朴な魚介レストラン「ツボ屋」。別名「ビンボー食堂」は女性店主・海果が、家族が離散した愛や町の人々の助けを借りて経営している。稼ぎ時の夏、大型台風の到来やライバル店の開店などが重なり大ピンチに...! 守りたい居場所が、ここにある――。『潮風テーブル』(KADOKAWA)は、海果を取り巻く人間模様を描いた心温まる物語。作中に登場する美味しそうな料理の数々とともにお楽しみください。
※本記事は喜多嶋 隆著の書籍『潮風テーブル』(KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました。
4 偵察
〈パスタ天国〉......。そのピンクの看板が、陽射しを浴びている。
噂の店が開店した。
葉山・森戸海岸沿いのバス通りと、うちに向かう小道の角だ。
その一画は、お祭り騒ぎのようになっていた。主に若い人たちが、三〇人ぐらい行列を作っている。
その近くで、揃いのウエアを着たモデルっぽいお姉さんたち三人が、チラシを配っている。
ピンクのTシャツに白いショートパンツ。スタイルのいいお姉さんたちが、笑顔で道ゆく人たちにチラシを配っていた。
お姉さんの一人は、ぼさっと眺めているわたしと愛にも、「はい」と言ってチラシを渡してくれた。
〈パスタ天国・葉山店 OPEN!〉の文字が派手に躍っている。
〈このチラシ持参のお客様は全品30パーセント割引!〉
とあり、メニューの写真が載っている。
店名通り、パスタの専門店らしい。パスタを盛ったお皿の写真が、ずらりと並んでいる。
並んでいるお客たちは、みなそのチラシを持っている。その中には、地元の知り合いの姿もあった。そんな光景を眺めていたわたしは、ふと目をとめた。
店の人らしい中年男が、並んでいるお客を整理している。
その人とふと視線が合った。3秒後、わたしは、「あ......」とつぶやいた。
あれは、2カ月ぐらい前だった。
平日の午後3時過ぎ。中年男が一人で店に入ってきた。
四十代だろうか。仕立てのいいスーツを着て高級そうなネクタイをしめている。
中年男一人のお客は珍しい。なんだろう......。わたしは、ちょっと身がまえた。
けれど、その男はカウンター席にかける。
「パスタ、ある?」と言った。どうやら、お客らしい。わたしは、愛が描いたメニューを彼の前に置いた。
それをじっと見ていた彼は、〈パスタ・サバティーニ〉を注文した。
サバとトマトを使ったパスタ。いま、うちの看板メニューになっている。
彼は、それをいやに黙々と食べ、勘定を払い、帰っていった。
学校から帰ってきて手伝っていた愛も、ちょっと不思議そうな表情でその人を見ていた。サラリーマンが来るにしては、時間が半端だし......。
わたしの中に、〈?〉が消え残った。
いま、並んでいるお客を整理しているオジサンは、間違いなく彼だった。
彼も、わたしと愛に気づいたようだ......。そのとき、
「店長!」と店から出てきた若い従業員が声をかけ、彼は店に戻っていった。
店長か......。