「あれは、偵察というか、マーケティング・リサーチだったんだ......」
と愛が言った。チラシを手にツボ屋に戻ったところだった。
「マーケティング・リサーチ?」
わたしは、訊き返した。愛は、相変わらずそういう言葉にくわしい。
「そう、新しく開店するにあたって、近隣のライバル店をチェックしておくことだよ」
「そっか......」わたしは、つぶやいた。確かに愛の言う通りかもしれない。
うちとあの店では、何もかも違う。
それでも、近所にある店はいちおう調べておくのだろう......。
「全国でチェーン展開してるね......」
愛が、スマートフォンの画面を見ながら言った。〈パスタ天国〉について調べているところだった。
「かなり大手の外食チェーンだ......」と愛がつぶやいた。
〈パスタ天国〉を経営しているのは、〈(株)田島フーズ〉という会社だという。
「この会社、〈パスタ天国〉は、全国で六〇店舗。ファミレスは五〇店舗、回転寿司は七〇店舗を展開してるよ」
と愛。
「そういえば、クラスの誰かが、横浜にある〈パス天〉に行ったって言ってたな......」とつぶやいた。
〈パスタ天国〉は、略して〈パス天〉と呼ばれているらしい。それだけポピュラーな店なんだろう。
「平均価格帯を低く設定してあるね」
と愛。〈パスタ天国〉のチラシを見て言った。愛は13歳だけどうちの経理部長。やたら難しい言葉を使う。
「それって?」
「わかりやすく言えば、メニュー全体が安いって事だよ」
「そっか......」
わたしは、つぶやいた。確かに、チラシにあるパスタは、みな千円以下だ。へたなファミレスより安いかも......。
「うちのお客をとられるかなあ......」わたしは、つぶやいた。
「お店の場所が場所だから、かなりとられるかもね」と愛。
〈パスタ天国〉は、バス通りの角。
普通の観光客たちは、まずそこを歩いてうちの前にやって来る。
うちの店にくる前に、〈パス天〉に入ってしまう可能性は高いかもしれない。
それでなくても、うちツボ屋の経営は大変だ。
毎月15万円の借金を、信用金庫に返さなくてはならないから......。
魚市場で拾ってくる魚やイカ。それと、一郎が釣らせてくれるマヒマヒやイナダ。
それを食材に使う事で、なんとか潰れずにやっているのが実情だ。
あの〈パス天〉の開店で、これからどうなるのだろう......。