大ピンチ! レストラン「ツボ屋」の近くに大手チェーンのパスタ専門店が開店!?/潮風テーブル(4)

「あれは、偵察というか、マーケティング・リサーチだったんだ......」

と愛が言った。チラシを手にツボ屋に戻ったところだった。

「マーケティング・リサーチ?」

わたしは、訊き返した。愛は、相変わらずそういう言葉にくわしい。

「そう、新しく開店するにあたって、近隣のライバル店をチェックしておくことだよ」

「そっか......」わたしは、つぶやいた。確かに愛の言う通りかもしれない。

うちとあの店では、何もかも違う。

それでも、近所にある店はいちおう調べておくのだろう......。

「全国でチェーン展開してるね......」

愛が、スマートフォンの画面を見ながら言った。〈パスタ天国〉について調べているところだった。

「かなり大手の外食チェーンだ......」と愛がつぶやいた。

〈パスタ天国〉を経営しているのは、〈(株)田島フーズ〉という会社だという。

「この会社、〈パスタ天国〉は、全国で六〇店舗。ファミレスは五〇店舗、回転寿司は七〇店舗を展開してるよ」

と愛。

「そういえば、クラスの誰かが、横浜にある〈パス天〉に行ったって言ってたな......」とつぶやいた。

〈パスタ天国〉は、略して〈パス天〉と呼ばれているらしい。それだけポピュラーな店なんだろう。

「平均価格帯を低く設定してあるね」

と愛。〈パスタ天国〉のチラシを見て言った。愛は13歳だけどうちの経理部長。やたら難しい言葉を使う。

「それって?」

「わかりやすく言えば、メニュー全体が安いって事だよ」

「そっか......」

わたしは、つぶやいた。確かに、チラシにあるパスタは、みな千円以下だ。へたなファミレスより安いかも......。

「うちのお客をとられるかなあ......」わたしは、つぶやいた。

「お店の場所が場所だから、かなりとられるかもね」と愛。

〈パスタ天国〉は、バス通りの角。

普通の観光客たちは、まずそこを歩いてうちの前にやって来る。

うちの店にくる前に、〈パス天〉に入ってしまう可能性は高いかもしれない。

それでなくても、うちツボ屋の経営は大変だ。  

毎月15万円の借金を、信用金庫に返さなくてはならないから......。  

魚市場で拾ってくる魚やイカ。それと、一郎が釣らせてくれるマヒマヒやイナダ。  

それを食材に使う事で、なんとか潰れずにやっているのが実情だ。  

あの〈パス天〉の開店で、これからどうなるのだろう......。

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

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