【風、薫る】上坂樹里の"うまさ"が光る第8週。「ずる賢さ」と「可愛げ」を嫌味なく同居させる表現力

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「上坂樹里のうまさ」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】対照的な2人の主人公が直面する「届かぬ声」。見返りを求めない"看護"という職業

※本記事にはネタバレが含まれています。

【風、薫る】上坂樹里の"うまさ"が光る第8週。「ずる賢さ」と「可愛げ」を嫌味なく同居させる表現力 pixta_135021263_M.jpg

田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主演を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第8週「夕映え」が放送された。

今週、りん(見上愛)の前に立ちはだかるのは、乳がんで入院してきた和泉侯爵夫人・千佳子(仲間由紀恵)。担当に指名されたりんに「女中なら足りてる」と取り付く島がなく、検温も会話も拒絶。お通じを尋ねれば「無礼者! 恥を知りなさい!」と怒鳴られる難敵だ。前週バーンズ(エマ・ハワード)に「看護は見返りを求めるものではない」と叱責されたばかりのりんが、さらに難度の高い患者と向き合う。

だが、第8週『風、薫る』が描いてみせたのは、りんと直美のバディと、養成所同期7人のチームが「看護」という仕事を通じて着実に育まれてきていることだった。脚本の吉澤智子は「バディものが書ける!と震える思いでお引き受けしました」と語っているが、第8週はそのバディが「仕事を通してつながる」関係として一段深まる週だ。世間がイメージしたがる女性のベタベタ仲良しの関係ではなく、職業を通して理解を深め、互いを補い合い、絆を育むバディ・チームのかたち――それを支えているのが、上坂樹里演じる直美の頼もしさだ。

そもそも千佳子の看護担当にりんが指名される場面からして、直美の働きがある。日本語が流暢なのに医師らの前では話せないふりをしているバーンズが、英語で「りんに看護させ、何かあれば養成所のせいにする気です」と固辞すると、直美はそれを「華族の奥様の看護など、恐れ多いと固辞されています」と勝手に翻訳。多田院長(筒井道隆)が「もう少し長くなかったか?」と首をかしげると、直美はバーンズに英語で意図を伝える。りんにやらせてみたら? うまくいけば養成所の手柄、と。「元家老の娘だし、患者を怒らせ、笑わせ、心に触れる看護もできるかと」。

バーンズはこれを受け入れる。後半は本当だと直美が言うと、りんは笑う。「どうかなー、直美さん、嘘つきだから(笑)」。直美はいつのまにかりんを呼び捨て「りん」と呼ぶようになっており、すかさず仲間たちが反応する。「あの二人、言い合いもするけど、お互いのことわかってる。わかろうとしてる......」(多江/生田絵梨花)。第6週、コロリで父を亡くしたりんが患者役のトメ(原嶋凛)を肉親のようにさすって叱責された夜、二人きりになった直美が「自分の親を看病するみたいに看護してたら、りんさん、きっとすぐ死んじゃうよ」と諭した場面の延長線上に、今週の二人がいる。

山場は、千佳子に「気持ちがわかるなんて、たやすく言わないでちょうだい!」と逆鱗に触れて落ち込むりんに、直美が助け舟を出す中庭のシーンだ。直美は担当患者・丸山忠蔵(若林時英)に「患者の気持ちなんてわからない」と言われたばかり。わからなくて当たり前――その言葉を、そのままりんに分け与える。二人が暗くなるまで中庭で話していると、同僚たちが晩御飯を持って現れる。それぞれ思い悩むと、ここに来ていたのだという。「勝手に押しかけてきて、勝手に一緒にいてくれて、心強い」――その仲間の存在に、りんはふと思う。千佳子は今、ひとりで寂しくないのだろうか、と。「気持ちがわかる」と言ってしまえば観察は止まる。「わからない」と引き受けることで、初めて家族ではない他者として患者を見続けられる。

そうしてりんは千佳子に伝える。「残念ながら私に奥様の本当のお気持ちはわかりません。看護婦見習いの他人です。ですから、ご家族のように気遣う必要もありません」。突き放すようでいて、看護婦としての立ち位置を引き受け直したこの言葉に、千佳子はようやく口を開く。語られるのは、祝言の日の夫の言葉だ。恥ずかしくて何も話せずにいる自分に、夫が「空が綺麗ですね」と言ってくれたこと。「空を綺麗だと言う人が夫で良かったと思った、よく覚えてる、こんな年になっても」。そして「人って思ってるより変わらないものよ。気持ちは変わらないのよ。大人のフリが、おばさんのフリがうまくなるだけで」。胸を失った自分で夫の隣にいるのが、悲しくて、恥ずかしくて、口にするのも恥ずかしい――。「死にたくない、生きたいと思うことは、恥ずかしいことではありません」とりんが返すと、千佳子は初めて「どうしてこんな意地悪な病がこの世にあるのかしら......」と弱音を吐く。

一方の直美である。丸山に同じ言葉を投げられた直美の返しが、見事だ。「そうですよね。私に丸山さんの気持ちがわかるわけないし、丸山さんに私の気持ちだってわかるわけない」「私が薬の回数を増やすために手を尽くしても、一ノ瀬のときは極楽だったって言われた私の気持ちなんて......だ~れにも......」とうなだれてみせる。慌てた丸山に、直美は回診に来た藤田助教授(坂口涼太郎)をヨイショするよう仕向け、直美が先生の腕を一流だと言っていたと伝えさせる。機嫌をよくした藤田は、直美に言われるまま換気もする始末。「あんた、他の見習いたちと違って、ずいぶんズルい女ね」と漏らす永田フユ(猫背椿)に、直美はキラキラの笑顔で「ずる賢いと言ってくれます?」とニコリ。

上坂樹里のうまさは、この「ずる賢さ」を可愛げと同居させて見せるところにある。患者の前ではうなだれ、医師の前では華やぎ、看病婦の前では悪びれずに笑う――その三段の変わり身を、嫌味なく重ねてみせる。直美の「ずる賢さ」は、看護婦という新参の職業が男性医師中心の医療現場で生き延びるための交渉技術であり、バーンズへの「誤訳」と同じく、見習いたち全員のための"ずる賢さ"として磨かれている。

そして第8週は、直美自身の変化を感じさせる週でもあった。街へ出た直美は、ある老人に「夕凪」という女郎にそっくりだと声をかけられる。自分を捨てた母ではないかと後をつけた先で再会したのが、かつて自分を騙した詐欺師・寛太(藤原季節)だった。寛太がぽつりと漏らす。夕凪について調べると約束した寛太は、自分を捨てた親でも生きていたら......と思いを馳せ、「自分だけだとどうも踏ん張りがきかねえ」「自分のためだけのものじゃなく、親やきょうだいのためなら」と漏らす。直美は「私は運が良かっただけかも」とポツリ。その瞬間、寛太の顔に驚きが浮かぶ。「"正しい人"が嫌い」と他者の幸せを呪っていたあの直美が、自分を「運の良い人」だと言うのだ。上坂樹里はこの一言を、勢いでも諦めでもなく、自分でも少し戸惑っているような淡い表情で口にする。父をコロリで亡くし、娘を抱えて逃げ出してきたのに人生を不幸と思っていないりんの明るさに影響を受け始めているのだろう。バディは一方が一方を引き上げる関係ではない。

寛太の言葉は、終盤の解決の鍵にもなる。千佳子の本心を家族にでも勝手に話すわけにはいかないと逡巡するりんに、その言葉を持ち出して背中を押すのが直美だ。それを受けてりんは、千佳子の夫・元彦(谷田歩)に、祝言の思い出を大切にしていることだけを伝える。元彦は妻のもとへ駆けつけ、こう懇願する。「私のために手術を受けてくれないか。共に見たいのだ、毎日毎月毎年、美しい夕映えの空を」。「空が綺麗ですね」と始まった二人の物語の、その続きを生きさせてくれという、夫からの返答だ。

直美の街での出会いと千佳子の病室での解決が結ばれていく構成の見事さ。仕事を通して育まれてきたバディとチームの成熟が、第8週の画面を満たしている。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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