「やっぱり辛くてさ...」今は亡き妹とのツーショットを見て、思いを語り始める兄/潮風テーブル(3)

「はいよ」

と一郎。まず愛の前に、焼いたハンバーグを置いた。

それを見たわたしは、思わず笑ってしまった。

丸いハンバーグ。そこに、ケチャップで愛の顔が描いてあった。

といっても、大きな丸い目が二つ。そして、ニッコリとした口。それだけだ。

でも、

「これ、わたしだ......」と愛。無邪気な笑顔で言い、食べはじめた。

一郎が、それを優しく見つめている。

愛の存在は、どこまで一郎の心の傷を癒す事ができるのだろうか......。

そうあって欲しいと思いながら、わたしも一郎が作ってくれたハンバーグを食べはじめた。

「でも......」と愛。

「あのオッサン、なんであんなところを歩いてたんだろう」と言った。ハンバーグを、食べ終わったところだった。

「そのオッサンって、たまたま風呂場を覗いちゃった酔っ払いか?」と一郎。愛はうなずいた。

「そのオッサン、大工みたいじゃなかったか?」と一郎。

「あ、そういえば」わたしは、つぶやいた。陽灼けして、はちまき。大工さんっぽかった。すると、

「やっぱりそうか。いま、近くで店を造ってるからなあ......」と一郎。

「店?」とわたし。

「知らなかったのか? お前たちの〈ツボ屋〉から、40メートルぐらいしか離れてないよ。なんか、食い物屋らしいぜ」と一郎。

「食い物屋?」とわたし。

「ああ、なんかレストランっぽいな。すごい突貫工事で造ってるぜ」

一郎が言った。その場所は、確かにうちに近い。

葉山の海岸に沿っているバス通り。そこから、森戸海岸の砂浜に向かっていく細いわき道がある。

うちの〈ツボ屋〉は、その細いわき道に面してるのだけれど......。

「バス通りから、そのわき道に入る角だよ、レストランらしいものを造ってるのは」

と一郎。わたしは、うなずいた。1カ月ほど前、そこで何かの基礎工事をしていた......。

「あれが、レストラン?」訊くと一郎は、うなずいた。

「そんな感じだったな。バス通りに面してる角で、立地条件はいいし」

「確かに......」と愛。

「けど、すごいスピードで造ってたな。かなりの人数の大工やペンキ職人を動員して、日が暮れても工事してたよ」と一郎。わたしは、うなずいた。

湘南でレストランを開こうとしたら、まずは夏が勝負。8月に、どれだけ客をつかむかで、勝負が決まると言ってもいい。

「もしかしたら、ブルーシートをめくったあのオッサン、そこの工事人かも......」

わたしは、つぶやいた。

そのレストランの現場で日暮れまで働いてた大工さんたちが、そのあと少し歩いた砂浜で大々的に酒盛りをやる。

オッサンの一人がひどく酔っ払って、うちの前を通りかかり、何気なくブルーシートをめくった......。そんな可能性は高い。

「いずれにしても、あそこのレストラン、そろそろできるんじゃないか?」

と一郎。もう8月が近い。いま開店しなければ、トップ・シーズンに間に合わない......。

「あの、一つ頼んでいい?」と愛。一郎に言った。

「何だい」

「あの......小さなハンバーグを一つ作ってくれない? サバティーニの晩ご飯に」と愛。

「あの猫か......」と一郎。微笑した。そして、小型のハンバーグを作りはじめた。

手を動かしながら、

「お前、優しいんだな」と愛に言った。そして、ハンバーグを焼きはじめた。

その帰り道。小さなハンバーグを胸にかかえ、

「いままで、がめついとかケチって言われた事はあるけど、優しいなんて言われたの初めてだ......」

愛がポツリとつぶやき、わたしは苦笑。その細い肩を抱いてゆっくりと店に戻る......。

その2日後。

「えぇ!」と愛。

「ありゃ......」とわたし。

二人とも、口を半開き。バス通りとわき道の角は、すごい事になっていた。

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

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