「やっぱり辛くてさ...」今は亡き妹とのツーショットを見て、思いを語り始める兄/潮風テーブル(3)

【第1回】海辺のボロ料理店に台風到来! 不安な夜、少女が語った「離散した家族との思い出」

湘南の港町にある素朴な魚介レストラン「ツボ屋」。別名「ビンボー食堂」は女性店主・海果が、家族が離散した愛や町の人々の助けを借りて経営している。稼ぎ時の夏、大型台風の到来やライバル店の開店などが重なり大ピンチに...! 守りたい居場所が、ここにある――。『潮風テーブル』(KADOKAWA)は、海果を取り巻く人間模様を描いた心温まる物語。作中に登場する美味しそうな料理の数々とともにお楽しみください。

※本記事は喜多嶋 隆著の書籍『潮風テーブル』(KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました。

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3 桃の花が咲いていた


どこかの野球場の片隅。

ユニフォーム姿の一郎と、Tシャツ姿の愛......。

愛の無邪気な笑顔......。一郎がその肩を抱いて写っている......。

それを30秒ほど見ていたわたしは、はっと気づいた。

一郎と並んでいるのは、愛ではなく、一郎の妹の桃ちゃんだ。

交通事故で天国に行った桃ちゃん......。

けれど、30秒たってやっと気づくほど、写真の桃ちゃんと愛は似ていた。

丸顔。鼻は高くない。けれど、目は大きく黒目がち。

いわゆる美少女ではないけど、ごく簡単に言えば、愛嬌のある顔立ち。

そして、無邪気としかいえない笑顔。

可憐な桃の花が、そこに咲いていた......。

「それは、二軍の練習グラウンドだよ」一郎がつぶやいた。

高校を卒業し、プロ球団入りした一郎。けれど、すぐ試合に出られるわけではないらしい。

しばらくは、二軍の練習グラウンドで、トレーニング......。

そのグラウンドに、妹の桃ちゃんは、しょっちゅう応援に来ていたと聞いた事がある。

「そんなときのスナップ写真さ」と一郎。

「桃は球団のスタッフたちにも可愛がられてたから、誰かが撮ってくれたんだな......」と言った。

「親父とお袋がその写真を気に入ってるから、額に入れてるんだけど......」

わたしは、うなずいた。

息子と、いまはもういない娘が一緒に写っている写真を飾っておきたい。

その両親の気持ちは、痛いほどわかる......。

「でも、一郎はあまり?」

わたしは訊いた。その額が、ほかの額に隠れるように、ひっそりと置かれていたからだ。

一郎は、冷蔵庫からビールを出しグラスに注いだ。ひと口......。

30秒ほど無言でいて、ぽつりと口を開いた。

「その写真を見るのが、やっぱり辛くてさ......」とつぶやいた。

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

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