酒井も半端ない!?酒井宏樹の"心が強くなるリセット力"とは

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フランスの名門マルセイユで不動の地位を確立し、サッカーワールドカップロシア大会での活躍が期待されるサッカー選手、酒井宏樹。しかし彼は「弱気」で「人見知り」という性格の持ち主でした。

サッカー選手に不向きなその性格をいかにして克服してきたのか? 本書『リセットする力「自然と心が強くなる」考え方46』で、その具体的な方法を探っていきましょう。

順風満帆なサッカー人生を送る僕には致命的な弱点があった

僕は18歳のときにJリーグの柏レイソルでプロサッカー選手になって以来、プロキャリアは2018年で10年目を迎えました。2011年にはJリーグ優勝とJリーグベストヤングプレーヤー賞受賞を経験し、そんな柏レイソルでのプレーが評価されて、22歳のときにドイツ・ブンデスリーガのハノーファー96へ移籍しました。そして2016年の夏からはフランスリーグで優勝9回を誇る名門、オリンピック・マルセイユでプレーしています。
また、日本代表でも、今回のロシア・ワールドカップ出場に向けたアジア最終予選で全10試合中9試合に出場しました。このキャリアだけを見ると、順風満帆(まんぱん)なサッカー人生を送っているように思われるかもしれません。でも僕には致命的な弱点があったのです。
 
それは「自信のなさ」と「メンタルの弱さ」です。おそらく多くの人が抱くサッカー選手のイメージは、何事にも動じない屈強なメンタルを持ち、目立ちたがり屋で、試合では「俺が得点を決めて勝ってやる」と自信みなぎる強い人間だと思います。だとすれば、僕はサッカー選手向きの性格ではありません。自分にあまり自信が持てず、恥ずかしがり屋で人見知り、しかも優柔不断。自分の意見や要求を相手に伝えたくても、いろいろなことに気を遣ってしまい、素直に感情表現できず、何かを伝えるにしてもつい遠回りをしてしまいます。
 
僕は小学6年生のときに、地元のJリーグのクラブ、柏レイソルの下部組織である「柏レイソルアカデミー」のセレクション(入団テスト)に合格し、中学1年から憧れの黄色いユニフォームを着ることになりました。しかし、チームメートはみんなセレクションを潜り抜けてきた実力者。「プロ予備軍」と呼ばれるエリート集団のなかに入ることで、自分の実力のなさと才能のなさを中学1年にして痛感しました。
小学生時代の柏マイティーFCではあれだけ楽しくサッカーをやっていたのに、中学生以降はつらいことも多く「サッカーをやめよう」と何度も思いました。プロサッカー選手になったあとも、柏レイソルの監督、コーチ、先輩方から「酒井は心が弱いのが一番の課題だ」と指摘を受けることがありました。
正直、ヨーロッパでプレーするいまでも不安になるときがあります。ですが、プロになって以来のこの10年間はプレッシャーや日々のストレスと向き合い、僕なりに第一線で生き残る術(すべ)を見つけてきたつもりです。それが、本書のタイトルでもある「リセットする力」です。わかりやすく言えば、心や思考の「切り替え」をうまくする方法になります。ちょっとしたコツさえつかめば、「くらべない」「気にしない」「引きずらない」を実践できるようになり、自然と心が強くなっていくはずです。
 
サッカー選手だけではなく、一般社会においてもメンタルは様々なことに影響を与えると思います。自分に自信が持てない、嫌なことがあるとなかなか気持ちを切り替えられない、常に何か不安や悩みを抱えている、他人に振り回されてつらい......。そういったことで日々ストレスを感じている人は多いのではないでしょうか。
本書は気弱な僕がサッカーを通じて、どうやって「メンタルの弱さ」や「自信のなさ」を克服していったのか、その思考のプロセスや技術をまとめたものです。僕はまだ人間としては未熟で、人にものを言える立場ではありませんし、僕の考え方だけが正しいとはまったく思っていません。
ただ、海外での厳しい戦いや重圧のかかる日本代表の試合を通して、僕が様々なことに気づけたように、僕と同じ悩みを抱える人のヒントになれば、これほど嬉しいことはありません。

うまくいかないときこそ、自分軸の考え方で乗り切る

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僕は2012年7月1日、柏レイソルからドイツ・ブンデスリーガのハノーファー96へ移籍しました。ハノーファー移籍直後にロンドン・オリンピックがあり、初戦のスペイン戦で左足首を負傷しました。続くモロッコ戦、ホンジュラス戦は欠場しましたが、決勝トーナメントのエジプト戦から3位決定戦の韓国戦まで負傷を押して出場したため、ケガの状態が悪化。ハノーファーに合流後もケガの影響で大きく出遅れてしまい、僕は大事な海外初挑戦だというのに、故障を抱えたままスタートすることになったのです。

プレーでアピールすることもできず、試合に出られない僕はすごく不安でした。頭をよぎるのは「このまま日本に帰ることになるのではないか」ということばかりです。ネガティブな要素は、ケガだけではありませんでした。ドイツ語も英語も話せなかった僕はチームメートとのコミュニケーションもままならず、ヨーロッパの1年目は個人的にはまったくうまくいかないシーズンになってしまったのです。

このとき僕は、不安の原因はケガにあると思っていました。
ケガが癒えた2年目以降は出場機会が増えて、見方によっては順調と映っていたかもしれません。しかし、それでもなぜか不安は消えませんでした。スタメンとして試合に出続けていても、同じ右サイドバックの選手が調子を上げてくると気になってしまう。

「ハノーファーが新しい右サイドバックを探している」という噂が立っただけで、「チームは僕で満足していないのだろうか」「新しい選手が来たらまた試合に出られなくなる日々に逆戻りだ」などのネガティブな考えが頭を巡るばかり。結局、ハノーファー時代はこうした不安がクリアになったことはほとんどなかったように思います。

ただ、オリンピック・マルセイユへの移籍が、僕の不安を打ち消してくれました。
 
マルセイユは、フランスリーグ優勝9回を誇り、1992~93シーズンにはUEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグを制したフランス屈指の名門クラブです。ハノーファーでは、年間のリーグ戦34試合すべてに出場するつもりでいましたが、マルセイユは国内のリーグ戦に加えて、2つの国内カップ戦とヨーロッパのカップ戦を戦うとなれば、年間50~60試合をこなさなければなりません。

そして、その一つひとつの試合で勝利が求められます。マルセイユは勝つことを義務付けられたクラブ。そのプレッシャーは相当なものですが、その状況下に身を置いたことで新しい景色が見えてきたのも事実です。

1シーズンで50~60試合を戦い、勝利を積み重ねていくことは、レギュラーの11選手だけでは絶対に成し遂げることはできません。そのため、マルセイユでは各ポジションに2人以上のレギュラークラスを揃え、コンディションの良い選手が直近の試合に出場しています。"個人"ではなく、"チーム"としてシーズンを戦っていくという概念がそこにはありました。

マルセイユでは1週間に2試合あるため、全選手がその2試合のうちの1試合に出場するつもりで準備を進めています。こうした環境によって、僕自身のコンディション調整の仕方も改善され、少しでも足を傷めていたらすぐにチームに報告して、試合に出られるか出られないかを判断するという臨み方へと変わっていきました。そうなると、もう1人の右サイドバックのプレーやコンディションが良かったとしてもまったく不安にはなりません。


いま思えば、ハノーファー時代の僕は「自分軸」ではなく「他人軸」で物事を考えていたように思います。ライバルのコンディションや、新戦力を獲得するという噂にばかり気を取られていたから、「自分の居場所を失ってはいけない」という思いが強く、ケガをしていても無理にでも試合に出ようとしていました。もちろんケガを抱えたままでは良いプレーはできませんので、よけいに不安は募るばかりです。他人に振り回されて、自分を見失ってしまう。それが不安の原因だったのです。

しかし、マルセイユに移籍してからは、「自分が良いプレーをしていれば居場所は絶対にある」という「自分軸」の心の在り方へ変化していきます。

そうなると不思議なもので、もしライバルの調子が良く、僕が試合に出られなかったとしても、それは自分にとってはコンディションを取り戻す絶好のチャンスと素直に受け止められるようになるのです。そこで自分のコンディションを整えて好調をキープできれば、再び出場機会が巡ってくる可能性がありますし、たとえ出場できなくても自分のプレーを継続できていれば、周りのクラブ、周りの国の大勢の人たちが僕を見てくれています。もちろんマルセイユは大好きだけど、「このクラブだけがすべてじゃない、僕を必要としてくれているクラブは他にも必ずある」と捉えれば、あらゆる不安を取り除くことができました。

自分がいまいる場所を大切にすることはもちろん重要ですが、一度周りを見渡してみれば、ここがすべてではないということに気がつくことができると思います。すると、自然と肩の力がフッと抜けるはずです。

不安はネガティブな妄想です。考え方を「自分軸」へと切り替え、その妄想にポジティブな要素を取り入れるだけで、不安は自分のなかから姿を消していきます。

海外挑戦を通じて僕が学んだのは、起こった現実を変えることはできないが、それに対する自分の解釈はいくらでも変えられるということです。

日本代表。このプレッシャーを"受け流す"ことで勝利に貢献したい

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日本代表としてのプレッシャーは、ロシア・ワールドカップ出場を決めたいまでもすごく感じます。国を背負っているわけですから、日本代表はやはり特別な場所です。

理想は、プレッシャーに打ち勝つだけの強靭なメンタルを身につけ、どんなに重圧がかかっても押しつぶされずに自分の力を発揮することです。まさに(本田)圭佑(けいすけ)くんがそういうタイプの人間でしょう。彼は多くのプレッシャーに打ち勝つだけではなく、自らが盾となって日本代表を守ってくれています。

僕の性格からすれば、プレッシャーに耐えられる度量があるとは思えませんし、プレッシャーに対する許容量が多い選手ではないので、とてもじゃないですが圭佑くんのような振る舞いはできません。

強靭なメンタルを身につけるために、プレッシャーを正面から受け止めて実際に強くなれる人はそうすればいいと思います。しかし、強くなるどころか、その行為がかえってストレスになり、プレッシャーに押しつぶされパフォーマンスが低下してしまう僕のような人にはかえって逆効果です。

ではなぜ、メンタルの強くない僕が、日本代表のあのプレッシャーのなかでも戦えているのか。僕が心掛けているのは、プレッシャーを「受け止める」のではなく「受け流す」ことです。そのためには、あえて自分を過小評価してもいいとさえ思っています。「自分みたいな選手が国を背負っているなんておこがましい」「勘違いするな! 自分はそんなすごい選手じゃないぞ」と自らに言い聞かせています。すごい選手ではないからミスもするし、失敗するのは当然。「自分はもともとその程度のレベルの選手だ」と、客観的に自分を下げて捉えてみる。そうやって自分に課すハードルを引き下げていくことで気持ちがかなりラクになり、少しずつプレッシャーから解放されていきました。

それはマルセイユでも同じです。この勝利を義務付けられたクラブを応援するサポーターからのプレッシャーは、おそらくリーグ・アン(フランス1部リーグ)でナンバーワンでしょう。そこでも「すごいのはマルセイユというクラブであって、僕自身はすごくないからな~」と言い聞かせ、プレッシャーを受け流すようにしています。


サッカーの世界では、一発勝負のカップ戦で下部のカテゴリーのチームがトップリーグのチームに勝つ番狂わせが時々起こります。日本の天皇杯でもJ2、J3、JFLのチームが、トップリーグであるJ1のチームを下す大金星が必ず起こります。その要因のひとつに、下部のチームが「失敗しても失うものはない」とプレッシャーから解放された状態でチーム一丸となり試合に臨めることが挙げられます。それほど、メンタルは試合のゆくえを左右する重要な要素なのです。

メンタルの強くない僕が無理やりプレッシャーに強くなろうとして、プレッシャーをまともに受け止めてしまうと、結果的にミスを恐れてプレーが萎縮したり、最悪の場合はパニックになって何もできなくなることだってあり得ます。

ならば、僕は自分へのハードルを引き下げてプレッシャーから解放されることで、プレーの質が向上するほうを選択し、少しでもチームの勝利に貢献したいと考えます。

とはいえ、本当にミスを連発していいわけではないし、試合では勝たなくてはいけない。そこでも「自分はすごくない選手」と過小評価をするからこそ、試合前の準備段階から周到になれる強みがあります。試合前にはしっかり対戦相手のビデオを見て、マッチアップする選手を研究し、プレーの特徴はもちろん、相手がどういうプレーを嫌がるかまで徹底的に分析して試合に臨むようにしています。

プレッシャーに打ち勝つ強靭なメンタルを身につけるには、その人の生まれ持った性格や才能が大きく影響し、かつストレス耐性も必要になります。ですが、プレッシャーを受け流す技術は、誰もが後天的に身につけられると思っています。自分自身を過小評価するということは、ネガティブに聞こえるかもしれませんが、捉え方によってはプレッシャーを受け流す手段を引き出すことができる武器になるのです。

嫌われる勇気を持っていなくても成功を収めることはできる

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「嫌われる勇気」という言葉を耳にします。これは、他人の顔色をうかがい、嫌われないように努めることがストレスになって本来の自分を発揮できないのであれば、「嫌われる勇気」を持つべきだという意味です。あるいは自分が嫌われ役を買って出ることで、チームがまとまるのであれば、そうすべきという考え方もあるでしょう。

ただ、はっきり言ってしまえば、僕には「嫌われる勇気」はありません。僕は自分の周りの選手や仲間を本当に大切にしたい。サッカーを始めてから今日まで、仲間を見捨てるような発言や素振りは、自分の性格的に一度もしたことはありません。むしろ、11人でプレーするサッカーは仲間ありきだと思っています。

そのため、いまのマルセイユでは、右サイドバックのライバル選手との関係も良好で、僕たちは「お互いに頑張っていこう」という関係で切磋琢磨(せっさたくま)できています。もしかすると、お互いにギラギラと意識して争うライバル関係こそ美しいと思われる人もいるかもしれませんが、僕はギラギラできるタイプの人間ではないし、これまでのサッカー人生はこのやり方でずっと続けてきていて、だからこそうまくいったとも感じています。

仮にキャプテンという立場であれば、状況によっては厳しいことを言わなければいけないときも確かにあります。しかし、そのキャプテンの発言が自分のためを思ってのことなのか、それとも単にストレス発散のためにキレているのかは、受け取る選手が一番よくわかっています。後者なら確かに嫌われるでしょう。でも前者の振る舞いは「嫌われる勇気」とは違うというのが僕の考えです。それは「嫌われる勇気」ではなく、無条件に相手を信頼しているがゆえの「信頼関係」ではないでしょうか。

また、いくら優れた個人がいても、個人プレーには限界があります。

仲間を見捨てて、1人の選手が個人プレーに走ってしまっては絶対にチームは勝てません。だったら仲間と一緒に切磋琢磨していくことのほうが楽しいし、嫌われているよりも信頼関係で結ばれているほうが勝利をつかむ可能性は高くなるはずです。

こうした仲間を信頼する姿勢は、柏レイソル時代に数多く学ぶことができました。柏レイソルにヨンハさん(安英学-アンヨンハ)という先輩がいました。非常に経験豊富で、北朝鮮代表として2010年の南アフリカ・ワールドカップにも出場した選手です。それだけのキャリアを誇る人でも率先して練習に取り組み、当時若手の1人だった僕と同じ目線で話をしてくれました。

ヨンハさんが日頃から実践されていた「全チームメートへのリスペクトを忘れない姿勢」からは、本当に多くのことを学びましたし、ヨンハさんから忠告や進言をされて、心に響かない選手はいませんでした。

同じく柏レイソルでお世話になった先輩のキタジさん(北嶋秀朗-ひであき)は、ヨンハさんとは違って情熱的に「俺についてこい!」と率先してチームを引っ張ってくれました。キタジさんもピッチ上では絶対に手を抜かない人です。だからキタジさんから厳しい指摘を受けても、それは忠告としてチーム内に伝わっていきました。

この2人に共通していた点は、そもそも「嫌われる・嫌われない」という観点でアプローチをしていなかったことです。そして、ヨンハさん、キタジさんを擁する柏レイソルは2011年のJ1リーグで優勝しました。あのチームには嫌われている存在はいませんでした。だからこそ僕は、「嫌われる勇気を持っていなくても成功を収めることはできるんだ」と、自らの体験から信じています。

酒井宏樹が内田篤人と右サイドバックを争って学んだこととは?

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意外に思われるかもしれませんが、僕は天(あま)の邪鬼(じゃく)な性格です。
みんなが「これをしたい」と言ったことを、「僕はしたくない」と言ってみたり、みんなが「美味しくない」と言ったものに対して「いや、美味しいんじゃないか」と言ってしまうことがあります。

そんな性格が影響しているからかもしれませんが、試合が終わったあとも勝利したときほど課題を多く出して伝えますし、負けた試合ではポジティブに修正できるように発言しています。それに、勝ったときは僕が言わなくても周りの人が勝因やチームの良かった点をどんどん発言してくれるから、自分は負けたときにその敗因や次の試合へ向けての修正点を言うように意識しています。

やはり人と同じでは面白味がないですし、ことサッカーに関しては人と比べることはしません。

最初に比較することをやめたのは、アルベルト・ザッケローニ監督時代に日本代表に選ばれて、(内田)篤人(あつと)くんと右サイドバックを争ったときでした。初めて篤人くんと代表でチームメートになり、「この人は抜群にうまい。自分にない特性を持っている。すごいな」というのが篤人くんのプレーを見た率直な感想でした。同時に、「いまこの人と同じプレーをしても、この人みたいな選手にはなれない」とも感じました。

仮に真似をしたところで、イミテーションがオリジナルを超えることはあり得ない。真似した人がその人を超越することはできないと肌で感じていたこともあり、僕は僕なりに自分のプレースタイルを追求しようという覚悟が決まりました。それに監督も同じプレースタイルの選手を2人並べようとは思いません。

周囲から篤人くんと比較されることは多かったですが、僕のなかで「比較しても意味はない」と客観的に気づくことができたのは大きな収穫でした。

また、日本代表で能力の高い選手が周りにいるのは、自分にとって非常に良い環境だと言えます。そこに身を置くことで、いろいろと考えさせられる機会が増えたからです。そして「どうすれば自分は試合に出るチャンスを得ることができるのか」を自問すればするほど、答えは自分にしかできないプレーを極限まで磨くだけ、という結論になっていきました。

技術と戦術眼に優れる篤人くんが常にスタメンを張り続けるのであれば、僕は負けている劣勢の状況のときでもいいから、まずはワンポイントで使ってもらえるようなプレーを心掛けるようにしました。たとえば、前線に攻め上がってチャレンジできる回数を増やすための上下への動きや、ゴール前へ数多くチャンスを供給できる精度の高い高速クロスを磨いていこうと考えていました。


この考えは、マルセイユでプレーするいまでも変わりません。
いまのマルセイユの右サイドバックにはブナ・サールという選手がいます。もともと右のサイドアタッカーの選手でしたが、リュディ・ガルシア監督によって右サイドバックにコンバートされました。そのため、彼はドリブルを仕掛けていく超攻撃タイプの右サイドバックです。

攻撃力ではまったく歯が立たないことはわかっていたので、僕はそれまで以上に戦術理解や戦況把握、試合の流れを読む技術など頭を使ったプレーを意識するようになりました。さらには、ブナが超攻撃的ならば、僕は味方との連携をより向上させて、組織的な守備力を高めていこうと考えました。

対戦相手が強豪クラブである場合、点を取ることはもちろん大事ですが、それ以上に失点しないことが求められるからです。幸いにして僕もブナも、マルセイユではともに出場機会を得ることができています。

個性というのは、それぞれによって違います。

だからこそ、自分にしかできないことがあるはず。それを見つけて磨くことで、自然と状況は好転していくものです。

"怒る"のではなく一緒に"解決の道"を探す

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"怒る"ことは莫大なエネルギーを必要とします。それでいて、"怒り"はポジティブな感情ではありません。僕は感情に流されて怒らないよう常に心掛けています。ピッチ上で何か問題が発生して、それに対してチームメートに怒ったとしても、怒る時点でもはや手遅れだからです。その2つ、3つ前の段階で手を打っておけば、怒らずに済んだ可能性もあったはず。そう考えれば、怒る側にも少なからず問題があったと言えます。

誰だって怒られると良い気分はしません。僕はチームメートに対しても、家族に対しても怒ることはありません。その理由は、相手にストレスを与えたくないという気持ちもありますし、それ以上に、僕はわざわざ怒らなくても問題を本質的に解決できる方法を知っているからです。

仮に何か大きな失敗をしてしまったけど、それは本人の望んだことではなかったとします。その背景が見えているにもかかわらず、怒りの感情を爆発させたところで、問題は解決しません。

むしろ怒っている時間の分だけ、解決は先送りになりますし、感情的になっている状態で冷静な判断を下せるとは僕は思いません。

失敗によって起こった現実を変えることは不可能です。ならば、「仕方がないことだった」と相手を尊重したうえで「一緒に解決しよう」という姿勢で話をします。怒っても、優しく言っても、どちらでも解決が難しいようであれば、僕は怒るよりも優しく伝えるほうを選択します。

先ほど、"怒り"は莫大なエネルギーを必要としながらも、ポジティブな感情ではないと言いました。しかし"優しさ"は間違いなくポジティブな感情です。ネガティブなアプローチの場合、言う側にも言われる側にもマイナスの感情が生まれ、状況を悪化させるおそれがあります。ならば意識的にポジティブなアプローチを心掛け、少しでも早く解決策を見出したほうがいいというのが僕の意見です。


それに、感情に流されて怒鳴り散らしている人には説得力を感じません。僕は怒られるときに、淡々と冷静に怒られるのと、感情的に怒鳴られるのだったら、冷静に怒られるほうが怖いです。

試合中はアドレナリンが出て興奮状態にあるため、選手によっては試合の流れが悪いとイライラが募ってチームメートを怒鳴りつける人もいます。もしチームメートが僕に対してそういう態度に出てきた場合、僕のほうに非があれば素直にそれを認め、そのうえで「いまのプレーは僕が悪かった。でもこれはやってほしい」と伝えるようにしています。

しかし、完全に相手の発言に矛盾があって、しかも、それを怒鳴りながら僕に責任転嫁(てんか)してきたら、最初は話し合いのトライをしますが、言ってもどうしようもないと思ったときは「オーケー、あとでまた話そう」とあえて時間をあけるようにしています。ピッチから離れれば相手も落ち着いているから、今度は冷静に話し合いができます。また、間を置くことで、相手が「さっき俺が言ったことって、もしかしたら間違っているのかもしれない」と考える時間もできると思います。

外国人の場合だと、時間が経つとすっかり忘れて、「ヘイ、ヒロキ! さっきは悪かったな!」と笑いながら何事もなかったかのように言ってくる人もいるので、「あれ?」と拍子抜けすることもあります(笑)。

人は"褒められる"と落ち着く生き物

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「心と体はつながっているんだな」と感じることがあります。落ち着いている精神状態では必然的に良いプレーができますが、サッカー選手の精神状態は試合中に著しく変化するため、何かのきっかけで雰囲気が悪くなると、突如として、うまくいかなくなる事態が発生します。それまで動きの鈍かったチームが、得点を機に動きがシャープになったり、逆に失点したチームが目に見えて勢いを失ってしまうのは、そういう精神状態が大きく左右しているからだと思います。

サイドバックは試合の流れの影響をもっとも受けるポジションであり、一番流れを切れるポジションでもあります。そのためサイドバックは常に安定した精神状態でプレーしなければなりません。サイドバックの精神状態が悪ければ、試合も崩れてしまいます。

だからこそ僕は淡々とプレーしようと自分自身に言い聞かせています。ポジション柄、感情的になって良いことは何もありません。僕の理想は、コンピューターのように感情の起伏なく、冷静に淡々とプレーを継続することです。

しかし、試合中はどうしても気持ちが高揚してしまいますし、ダービーマッチなど大事な一戦でテンションが上がりすぎているときは、全員がおかしなテンションになる。そして、みんなの動きがいつもと比べて微妙に変わってしまうことがあります。

味方がサポートに来るタイミングが1秒遅いだけでも、連携にわずかな狂いが生じます。その少しの誤差が原因でサイドバックがパスを出すことができないと、パスの受け手ではなくサイドバックの責任になってしまう。つまり、テンションが上がることによって、実は味方も自分も難しい状況になることが多いのです。なので、できるだけ自分が冷静さを保ち、興奮気味の選手がいたら褒めて落ち着かせて、なるべくいつもどおりのプレーに戻すリセットが大切です。


冷静にプレーができた象徴的な試合といえば、2017年8月31日、ロシア・ワールドカップ出場権を懸けたオーストラリア戦でした。埼玉スタジアム2○○2(にまるまるに)は超満員で、ワールドカップ出場を期待するサポーターのつくり出す雰囲気によって、試合前から高揚感がありました。ただ、自分でも驚くほど、あの試合は冷静に戦えたと思います。

まず、試合前から右サイドの(浅野)拓磨(たくま)とはしっかりコミュニケーションが取れていたし、拓磨も僕の話を聞いてプレーをしてくれていたので、自分に課せられた守備のタスクがクリアになり、その部分でストレスを感じなかったことが大きかったのです。

そのなかで、拓磨が冷静に先制点を決めてくれました。僕もかなり頭をクリアにしてプレーができていましたし、相手の出方も読めて危険察知もうまくいきました。あの大歓声のなかでも個人的に高揚しすぎず、冷静さを保ちながら、ワールドカップ出場の懸かった大一番の雰囲気を楽しむことができました。基本的に、試合を楽しめているときは良いプレーができています。

ここで思い出される試合があります。2011年のJ1第27節、大宮アルディージャ戦。前日に優勝を争うライバルチームが星を落としたため、柏レイソルは大宮アルディージャに勝てば首位に浮上する大事な試合でした。

ただ、当時の僕は、この年にレギュラーの座をつかんだばかりで、チームをコントロールするような立場ではありません。誰かが上がれと言えば上がるし、残れと言われれば残る、その程度の経験値しかなかったので、常に自分のことだけで精一杯。試合のシチュエーションまで頭が回る余裕すらなかったのですが、普段どおりにはプレーができていました。

でも「勝てば首位」というシチュエーションがチームの精神状態に影響を与え、普段とは違うテンションで臨んだ結果、優勝争いを演じる柏レイソルは残留争いを繰り広げる大宮アルディージャに1対3で敗れました。

先制点を取ろうと、チーム全体が勝ち急ぎ、陣形がいつもより前がかりになっていたところをつかれ、大宮アルディージャに先制を許したことで、さらに守備がおろそかになり最終的には陣形が崩壊していきました。当時の僕にはできませんでしたが、もしいま同じようなシチュエーションの試合があれば、自分に対して「冷静に戦え」と言い聞かせ、淡々とプレーし続けられると思います。

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撮影/千葉 格

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酒井 宏樹(さかい ひろき)

1990年4月12日、長野県生まれ。千葉県柏市で育つ。柏レイソルU-15、U-18を経て2009年にトップチームへ昇格。2010年にJリーグデビュー。2011年にはチームの主力として活躍し、チームのJ1優勝とともに、ベストイレブン、ベストヤングプレーヤー賞を受賞。同年10月にはA代表に初選出される。日本での活躍が評価され2012年にドイツ・ブンデスリーガのハノーファー96へ完全移籍。主力として活躍した後、2016年6月にフランスの名門オリンピック・マルセイユへ完全移籍。マルセイユ移籍後も確固たる地位を築き、不動の右サイドバックとして活躍。日本代表でも欠かせない存在として、2018年ロシア・ワールドカップでの活躍が期待されている。

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『リセットする力「自然と心が強くなる」考え方46』

(酒井 宏樹/KADOKAWA)

「日本人は活躍できない」という前評判を覆し、フランスの名門マルセイユで不動の地位を確立し、世界の注目を集めるサッカー選手となった酒井宏樹。彼はいかにして「自信のなさ」と「メンタルの弱さ」を克服し、心を強くしていったのか。自然と心が強くなる具体的な方法をこれまでのエピソードをとおして初公開!

 

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