井上弘美先生に学ぶ、旬の俳句。4月は「文語を生かす」というテーマでご紹介します。
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落椿(おちつばき)呑(の)まんと渦の来ては去る 福田蓼汀(りょうてい)
椿は春を代表する花の一つで、古く『万葉集』にも詠まれ、親しまれて来ました。
この句は急流に乗った渦が、淀みに留まっている椿を呑み込もうとするかの様に、何度も押し寄せる様子を捉えています。「呑まん」の「ん」は意志を表す助動詞で、「~しよう」という意味。現代語なら「呑もう」と表現するところを、文語で「呑まん」と詠んだことで、いまにも呑み込まれそうな臨場感溢れる句になりました。
作者は明治三十八(一九〇五)年山口県生まれ。「山火」を主宰、蛇笏賞を受賞。昭和六十三(一九八八)年没。享年八十二歳。
桜貝打ち上げて波帰らざる 武藤紀子(のりこ)
晩春の海は干満の差が大きく、潮干狩りを楽しむ人々など明るさに満ちています。
この句は浜辺に打ち上げられた「桜貝」を詠んで、「波帰らざる」と結んだ点に味わいがあります。「ざる」は打消しの助動詞で、「~ない」という意味の文語です。現代語なら「帰らない」ですが、文語のほうがきっぱりと潔く、二度と帰らないことが印象付けられます。「波」は「桜貝」を残して、渚に果ててしまうのです。作者の美意識が感じられます。
作者は昭和二十四(一九四九)年石川県生まれ。近刊句集『冬干潟』よりの一句です。
※そのほかの俳句に関する記事はこちら。
<教えてくれた人>
井上弘美(いのうえ・ひろみ)先生
井上弘美(いのうえ・ひろみ)先生
1953年、京都市生まれ。「汀」主宰。「泉」同人。俳人協会評議員。「朝日新聞」京都版俳壇選者。