不運から絶唱した山川登美子の歌から学びましょう 伊藤先生の短歌の時間

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山川登美子といえば、与謝野鉄幹をめぐって晶子の恋のライバルとして争った、というエピソードが有名でしょうか。登美子も晶子も歌の師であった鉄幹を恋い慕い、ついには晶子と鉄幹が結ばれて結婚しました。登美子は親が薦めた縁談で、一族のある男性と結婚しました。

それとなく
紅き花みな友にゆづり
そむきて泣きて忘れ草つむ
 

紅い花をすべて友にゆずって自分の心に背きながら涙を流し「忘れ草」を摘んでいるという登美子の歌です。「忘れ草」とは萱草(かんぞう)のことで、身に着けると憂さを忘れると考えられていた草です。初句の「それとなく」を含めて、自分自身を無理に押し通さない控え目な生き方が感じられます。しかし、芯は強いはずです。でなければ、こんなに深い歌は作れません。

登美子は銀座の貿易商店に勤務する夫と新しい生活を始めました。しかし、不幸が襲います。夫が結核を患い、看病の甲斐なく亡くなってしまいました。結婚生活は一年あまりで終わりました。登美子はまだ二十三歳でした。

翌々年、登美子は日本女子大学英文科予備科に入ります。向学心の強い彼女でした。しかしさらなる不幸が襲います。夫からの感染らしい呼吸器疾患にかかってしまうのです。大学を中退し、最終的には故郷の福井県に帰りました。二十九歳からの故郷での歌は、絶唱と言っていいでしょう。

おつとせい
氷に眠るさいはひを我も今知る
おもしろきかな

おっとせいが冷たい氷の上に眠るのを「さいはひ」だと歌っています。病床で発熱していたことが歌のきっかけかもしれませんが、結句の「おもしろきかな」という自分自身を突き放したような歌い方に、読者は強い悲しみを受けとります。もう一首紹介します。

後世(ごせ)は猶(なほ)
今生(こんじゃう)だにも願はざる
わがふところにさくら来て散る

(歌は、今野寿美編『山川登美子歌集』(岩波文庫)より引用)

  

<Column>
伊藤先生に教わる、はじめての人の「歌始め入門」

五七五七七の歌を、読者は上から順に読んでいきます。したがって作者は初句から順に内容を展開し、下の句、特に結句で感動を与えようとします。私が参加している歌会で、次のような一首が出されました。

飲み会の 帰りがとうとう
午前二時
盗人(ぬすっと)のごとく忍び足

第三句の「午前二時」までは場面を無駄なく表しています。しかし、その後の「盗人のごとく忍び足」が面白くないですね。「盗人」と「忍び足」が続き、すっきりしません。たとえば「夫のごとくに忍び足する」としたら、面白さが出るというのが、私の添削例です。

  

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<教えてくれた人>
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生

1943年、宮崎県生まれ。歌人。読売文学賞選考委員。歌誌『心の花』の選者。

この記事は『毎日が発見』2017年9月号に掲載の情報です。

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