ある年齢になれば誰もがある日、思います。「もしかして認知症では?」
親の場合は現実であり、深刻です。
2012年の厚生労働省の調査では、認知症と診断された人の数(推計)は、約462万人。長く生きればそれだけ発症の可能性が高くなる病気、それが認知症です。
『認知症は予防できる』(ちくま新書)の著書もあり、母親をはじめ老人の診療経験が豊富な、神経内科医の米山公啓さんに、どうすれば予防が可能か、一緒に伺っていきましょう。
前の記事:「米山公啓先生にきく「他人事ではない認知症」(3)認知症治療薬のいま」はこちら。
家で暮らしたい。家に帰りたい。これが今の高齢者の心の声です。
--- 認知症に限ったことではないのですが、人生の晩年をどのように過ごすか、過ごせるのか。独り暮らしの時間が増える中で、果たして自分がいつまで自活できるのか。どれぐらいの時間をどんなふうに誰のお世話になるのか。長く生きるということは、それだけ独りでは生きにくいということですから、親のことはもとより、老いていく自分にとっても大問題です。介護施設もサービス付き高齢者向け住宅も、何より人員が不足していると言われますしね。
米山 当然、国としても、高齢者の居住の安定確保や介護拠点の整備を進めてはいますが、その中に、ちょっと私の気に食わない計画があるんですね(笑)。比較的元気な高齢者を集めて暮らしてもらおうというプランがそれです。国務大臣(地方創生・国家戦略特別区域担当)の石破(茂)さんが言い出したことで、アメリカではそういうコミュニティーを作っています。でも、私は反対。どうすれば今住んでいる地域で最後まで楽しく生きられるか、ということを考えることが大事だと思うんです。
--- そのプランというのは、元気な人たち、しかも入居条件などで似た環境の人たちがそういうコミュニティーを選んで暮らすということですから、管理がしやすいというのは想像できますね。先のことはともかく。一方、さまざまな境遇の人たちが暮らす地域での高齢者のケアとなると、満足度を上げることはなかなか難しい。でも、そうした困難を超えて地域で見守っていこうという"地域包括ケア"も策定されましたね。
米山 ええ、プランは出ました。それをどうやって実行していくか。私のクリニックのある、東京都のあきる野市も高齢化が進んでいますが、スーパーに行くためには大きな道路を渡らなければならない。横断歩道は遠い。歩道橋はあるけれど、上れないから使わない。そこで、そのスーパーに独りで行けるかどうかが、自活できるかどうかのモノサシにもなったんです。
--- 地方では、よく見かけますね。ハラハラ、ドキドキ(笑)。
米山 そう、こうしたところに生きた工夫が、まるでないんですね。それでもみなさん、「ここで暮らしたい」と言います。
少し前の話ですが、私は、東京近郊の、できたばかりの介護施設で施設長を務めたことがあります。そこの入所者の、ほぼ100%が「家に帰りたい」と言うんですよ。ところが、40代の若い職員には、この感覚がわからない。「どうして帰りたいの? ここにいたほうが安心でしょ」って、そういう対応になる。中には、家を売って入所しているから帰る家のない人もいるんですよ。それでも「家に帰りたい」と言う。これはどういうことだろう。見守る目があれば自活できる人にも、安心・安全だからって施設入所を勧めていいものだろうかって考えちゃいましてね。結局、そこ辞めちゃったんです。ほかの原因もありましたけれどね。
--- 前回の記事で、認知症は記憶力の低下による診断から、自立して生活できない、そのレベルを指すようになったとの説明がありました。つまり、少々行動がおかしくても、場所と時間の認識があれば独りで生活ができる、そういう社会にしていこうということですね。
米山 そうです。ひと昔前までは、ボケる、あるいは動けなくなると、やむなく家族は施設に"入れる"。時間や場所がわからなくなれば、ということですね。けれども今、現実は、そこまで行く手前でトラブルを抱えている。本人は「大丈夫」と言うけれど、結構認知症が進んでいて家族は大変。本人は「行かない」。家族は、だましたりして施設に連れていく。その結果、「帰りたい」。
--- はい、切ないですねえ、どちらも。「ここ(家)にいたい」というのは、単にここで暮らしたいというだけではない、存在証明のような気がします。
米山 ここで死にたい、ということだろうと思います。
--- そのためには、ハード面はもちろんですが、地域、社会に優しさ、というか互いを思いやる基本の心が重要になってきますね。超高齢社会は、みんなで見守り合う社会、ということにならなければ成立しませんね。その願いをかなえるためにはどこから始めればいいですか。
米山 まず、デイサービス等の充実。それから人員の増強。後者はあと少し、お金を使うということですね。 こういう言い方をすると問題になるかもしれませんが、高齢者の延命治療はもう終わりにして、そこに投入しているお金を回すようにすればいいと思います。自分の親を見送って、つくづくと思いましたね。
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聞き手/編集部 撮影(プロフィール)/木下大造
米山公啓(よねやま・きみひろ)先生
1952年、山梨県生まれ。聖マリアンナ医科大学医学部卒業後、同大学に勤務。第2内科助教授を経て、98年退職。父親の「米山医院」を後継し臨床の現場に立つとともに、医学実用書はもとよりエッセイ、医学小説など、長年にわたって精力的に執筆を続ける。主な著書に『今日からできるボケない生き方』(三笠書房)、『できる人の脳が冴える30の習慣』(KADOKAWA)など。