まだ幼い子供たちに母親のがんを告げるべき?その時私がとった行動/なないお

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今から約1年半前に、乳がんの中でも少ない小葉ガン、ステージⅡB、2センチと1センチのしこりに加え、脇のリンパ節に1センチの転移が見つかりました。

前回の記事:がん告知から生きぬく決心をするまでに、私を支えてくれたもの/なないお

乳がんの告知から一ヶ月たった2016年4月、精神的にようやく立ち直り、前向きに治療に立ち向かう覚悟が出来たので、いよいよ子供たちに話そうと思いました。

母子家庭で母親ががんであると聞かされれば当然子供たちは不安になるでしょう。自分たちの生活はどうなるのか、これからどうしたらいいのか、たくさんの不安に押しつぶされそうになるかもしれません。

 

私の子供たちは自閉症スペクトラム、注意欠陥多動性障害をもついわゆる発達障害児です。当時は娘が小学5年生、息子は小学3年生になったばかりでした。

知的障害は伴っていないタイプで、非常に知識欲が旺盛なふたり。分野によっては高校生並の知識を持っています。生物化学などにも興味があるため病気のことはある程度知っています。疑問に思ったことは納得いくまで説明が必要な子供たちです。

こんな子供たちなので、もうすぐ抗がん剤が始まり、私の様子が変わっていくのを目にすれば、なにも話さないでいると余計に不安にさせてしまうと思いました。髪の毛がどんどん抜け落ち、動けない日も来る可能性があります。なにも知らなければそのまま死んでしまうと思うかもしれません。

まだ幼い子供にどこまで病気のことを話すか、それはそれぞれのご家庭でのお考えがあると思いますが、わが家の場合は知る限りのことは全て話そうと決めました。どの道不安になるのであれば、知らないよりもわかっているほうがまだマシだと考えました。

 

乳がんであること、これから抗がん剤、手術、放射線治療などが始まるということ、がんのステージは2b、2センチと1センチのしこり、リンパに1センチの転移があること、これくらいの進行度で今後の生存率はどれくらいか、全て話しました。

そしてこれから始まる治療でどんなことが起きるのかも知る限り話しました。

髪の毛はまもなく全て抜け落ちる、もしかしてしんどくて寝てばかりいるかもしれない、でもそれは悪くなったのではなく治すため。辛いけども母さんはあなたたちの大人になった姿を見たい。そのためにがんばるから。生きるために治療するから。少し手伝ってもらうかもしれないけども、生活のことは必ずなんとかする。

本当にどうなるかはわからないけども、母さんは生きる。

そう伝えると、子供たちは大きく動揺することもなく聞いてくれました。不安に思ったことも聞いてきたので納得いくよう答えていきました。

私には直接見せなかったけども、いくら説明したところで子供たちは不安であったことは間違いないと思います。

 

その後、自分のこれからの決意表明としてツイッターやブログに自分の病気のことを公表しました。たくさんの方から応援していただきました。

暖かい声をかけてくださった方、欲しい物リストから贈物を届けてくださったり、同じ病気の先輩方とたくさん繋がることが出来ました。これには本当に勇気をいただきました。

病気という非常に個人的なことで周りに知られたくないという方も多いと思います。

しかし私の場合は辛いときは辛いといいたい、自分の中に溜め込んでおけない性質なので、みなさんに支えていただく形をとりました。

>>次回へ続く

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医療監修:すわやまクリニック 田島厳吾 院長

なないお

アラフィフの乳がんサバイバーです。発達障害児をふたり育てるシングルマザー。アスペルガー症候群・ADHDの娘は12歳、自閉症スペクトラムの息子は10歳。心臓病の私の父親(76歳)も同居。パート勤務、ブログなど文章を書いて暮らしています。

ブログ:うちの子流〜発達障害と生きる

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