「セルフ・ネグレクト」という言葉をご存じですか? 「自己放任」と訳され、2000年ごろから日本での研究が始まりました。生活において当然行うべき行為を自分の意思もしくは行う能力がないことから放置し、身を危険にさらす状態のことを指します。では、どうしてセルフ・ネグレクトに陥るのでしょう。予防法はあるのでしょうか。そこで、セルフ・ネグレクトについて研究されている東邦大学看護学部教授の岸 恵美子先生にお話を伺いました。
相談相手はいますか?「孤立しない」が最大の予防法です
「セルフ・ネグレクト」とはどういうものでしょう。その行為には大きく三つの特徴があります。
一つはごみ屋敷に代表されるような、個人の、あるいは環境の衛生を継続的に怠り、不衛生に陥ること。
二つ目は生活の質を高めるために必要なサービスを拒否すること。例えば介護が必要な状態でも助けを求めず、周囲からの説得を断り続けます。
三つ目は明らかに危険な行為により、自分自身を危険にさらすこと。病気の治療を放置する行為がその一例です。
最大の要因は家族、地域、社会からの「孤立」です。孤立死した人のうち約8割がセルフ・ネグレクトの状態だったというデータもあります。セルフ・ネグレクトは若年層でも起こり得ますが、実は60代以上に多い傾向にあるのです。
60代以上がセルフ・ネグレクトに陥る主なきっかけは「認知・判断力の低下」と「人生におけるショックな出来事」です。
前者は認知症、うつ病などの精神疾患が要因。自分自身でいろいろな行為ができなくなったことに気が付かず、SOSが出せないため孤立状態に陥ります。
後者は配偶者との死別、病を患うなど、大きなストレスにより気力を失ったり自暴自棄に陥ったりします。後者は、配偶者を通じてしか地域との付き合いがない男性に多く、妻との死別後に地域から孤立してしまう傾向にあります。また、もともと人とのコミュニケーションが苦手な人も孤立しやすいといえます。
つまり「誰にも相談できない」「助けてと言えない」「自分で何とかしようとする」からなるのです。
最大の予防策は、「社会とつながり、交流する」こと。自分が困ったときに相談でき、助けてくれる人をつくっておくことが重要なのです。他者に無償で奉仕されるのが苦手なら、ワンコインなどで日常生活のサポートを行うNPOもあるので、これらを利用して人に助けてもらうことに慣れておくのも良いでしょう。
また趣味の広場やサロンに参加をして、人と交流することで自分の居場所をつくっておくことも大切です。社会との交流は、認知症や要介護状態の予防にもつながります。
次の記事「「ゴミ屋敷」になるのはなぜ? 60代以上に多いセルフ・ネグレクト(2)」はこちら。
取材・文/中沢文子
岸 恵美子(きし・えみこ)先生
1960年東京都生まれ。看護師、保健師。東邦大学看護学部教授。自治体の保健師として16年間勤務していた経験から、生活に寄り添い、その人らしい生活が送れるように支援することを重視し、主に高齢者虐待、セルフ・ネグレクト、孤立死を研究。