「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった連載の続編を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
「決める」ということ
4月下旬、大腸がんで入院している友人のお見舞いに行った。
僕が以前、心理学を教えた女性だった。
彼女は出産時に大腸がんが見つかった。
無事出産した後に放射線治療でがんを小さくし、今回の切除手術を受けていた。
ステージは3だった。
子供を生んだばかりのまだ若い彼女にとって、がんの宣告は本当に辛いものだっただろう。
そう、彼女は頑張る人だった。
以前、僕が心理学を教えたときも、様々なデータからその傾向は強く出ていた。
自分を犠牲にしてでも、頑張り続ける。
決して諦めない。
音を上げない、参ったしない。
つまり、決してサレンダーしない人ってことだ。
こういう人を「ノー・サレンダー」と言う。
最後までやりきることでたくさんの難しいことを成し遂げる。
不可能を可能にする人たち。
でも、その生き方は身体にとっては病気になる生き方なのかもしれない。
彼女は自分の事務所を立ち上げただけでなく、他にも地域の働くママさん達のために、保育が出来るカフェの設立、そして出産と、そこには頑張りつくしてきた人生があった。
穏やかな物腰の裏には、彼女自身を強烈に駆り立てるものが存在しているように、僕は感じた。
「刀根さん、来てもらって、嬉しいです」
少し痩せた彼女は、静かに言った。
「お身体の具合はいかがですか?」
いつもは聞かれる立場だったけれど、今日は僕が聞く立場だ。
「はい、手術は上手くいきまして、がんは見えるところは全部取れたって先生が言ってました」
手術後、間もないためか、少し疲れたように彼女は言った。
治療というものは思った以上に身体に負担がかかる。
それ僕も自分の入院で知っていたことだった。
「それは良かったですね」
「はい、良かったです」
「絶対に大丈夫ですから」
「はい...」
彼女は少し嬉しそうにうなづいた。
「大丈夫です、治ります。だって僕なんかステージ4Bからの生還ですからね」
僕が患者のときに言ってもらいたかった言葉を、僕は言った。
「そうですよね、治りますよね」
彼女は自分に言い聞かせるように、僕の言葉を繰り返した。
「ええ、人生に不可能はありません」
「いろいろ経験された刀根先生にそう言ってもらえると、ホントにそうだと思えます」
「今はしっかり休むことが大事ですね。病気とか、入院とか、そういうのって、もう強制的に"休め"ってことでしょ。きっとそういう流れなんですよ。だって今まですごく頑張ってきましたものね」
「ええ。おととい院内カウンセラーの方が来てくれて、すごく頑張ってきたんだね、もう頑張らなくていいんだよって言っていただいて...」
そう言うと、彼女は大きな目から涙をポロポロと流した。
彼女はティッシュで目をぬぐうと、真っ赤な目で吹っ切れたように微笑んだ。
「私、頑張りすぎてました。自分の身体を痛めつけてたんです。気づかなかった...。がんになったのは、きっともう頑張らなくていいんだよ、もう休みなさいって、身体がメッセージを出してくれたんだと思うんです」
そう言って、また涙をぬぐった。
僕も言った。
「僕もそうでした。気づかぬうちに全力で走ってたんですね。身体は心の深いところ、普段じゃ気づかない深~い部分からのメッセージを教えてくれるんだと思います」
「そうですね」
「でも、そのメッセージに気づかないまま治療して良くなっても、生き方が変わっていなくて、また同じことを繰り返していると再発するじゃないかなって思います。結局、がんって、生き方を変えろっていうメッセージだと思うんですよね」
「そうですよね。今回のことで、私もいろいろ考えました。というか、考えさせられました。もっと仕事を減らしていかなきゃって。まあ、この身体じゃ前と同じことはもう出来ないんですけどね」
彼女は寂しそうに笑った。
「いいんですよ、それで。本当はどうしたいのか、自分の本当の気持ち、そこさえつかんでいれば」
「本当はどうしたいか、ですか...」
「そうです。僕は会社を辞めました。ボクシングジムのトレーナーも辞めました」
「そうなんですか?会社も辞めちゃったのですか?」
「ええ、まあ会社は辞めたというか、辞めさせられたというか、まあそんな感じですけど、だから今の僕は無職ですよ」
「無職なんですか~意外です」
「でもね、今、それがとっても心地いいんですよ。何でもない僕、なんの役割もなんの責任も担っていない、完全な自由の僕って感じですか」
「そうなんですか、私は...どうなんだろう?」
彼女は天井を見上げた。
「本当は、どうしたいんですか?」
「実は...立ち上げた事務所をたたみたいと思ってるんです。体力的にも、もうあの仕事は出来ない、と感じてます。これからはカフェだけに絞りたい。だけど、事務所でまだ頑張ってる従業員さんのことを考えると、なかなか言い出せなくって...」
「僕、思うんですけど...、まず自分が決めることじゃないんでしょうか。自分が決めれば、おのずとそういう状況が向こうからやって来ると思います」
「おのずからって、向こうからって事ですか?」
「ええ、そうです。僕は薬でそれを体験しましたからね。もう治る、絶対に治るって本当の確信がやってきたとき、自然といろんな事が向こうからやってきて、薬までやってきて、最後はがんが消えちゃいましたから」
「それは本当にすごいですね」
「だから、辞めたい、もう無理、と言っている自分を承認してあげて、そうだよね、よく頑張ったねってヨシヨシしてあげるんです。その自分を癒やしてあげて、もう大丈夫だよ、頑張らなくていいよって抱きしめてあげる。その子が癒やされると、きっと次の扉が開きます」
「そうですね、じゃあ、決めます。私、事務所を閉めます。そういう自分をヨシヨシしてあげます」
彼女はきっぱりと言い切ると、気持ちよさそうに笑った。
そしてしばらく二人で雑談をしていると、彼女の携帯にメールが入った。
「ちょっとすみません」
彼女は真剣な表情でメールに目を落とした。
そして、不思議そうに僕を見た。
「さっき話していた、事務所の従業員さんからです」
「で、なんて?」
「事務所を、辞めたいって」
「おお、さっそく来ましたね~」
「はい、自分で決めるって、本当にすごいですね」
彼女はさわやかに笑った。
そう『腹の底から決めること』それは外的な出来事も連れてくる。
これは夢物語じゃなくって、本当のことなんだ。