介護の負担増を苦に妻を殺害してしまった82歳男性/介護破産(11)

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介護のために資産を失う「介護破産」が最近話題となっています。実は介護破産の原因には、単に資産の多寡だけでなく、介護に関する「情報量」も大きく関わってくるのです。
本書「介護破産」で、介護で将来破綻するような悲劇を防ぐための方法を学んでいきましょう。

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前の記事「高齢者介護をめぐる殺人などの事件は1週間に1回発生/介護破産(10)」はこちら。

認知症でも寝たきりでないと要介護度は低く判定され、使える介護サービスは限られる。軽度なら訪問介護(ホームヘルプ)や通所介護(デイサービス)の「居宅サービス」を利用しながら、在宅での生活も可能だが、中度の「徘徊する」「暴力をふるう」などの周辺症状が出てくると、家族は目が離せなくなり負担が増える。

行政や福祉が認知症の家族からのSOSをキャッチしても、介護の方法をめぐって家族間で行き違いが生じたため、サービスを拒否された例もある。その結果、介護殺人が起きてしまった痛ましい事件も発生している。

2016年10月、兵庫県加東市で認知症の妻(当時79歳)の首を絞めて殺害したとして、殺人罪に問われた夫(82歳)の裁判員裁判の判決が神戸地裁姫路支部で開かれ、懲役3年、執行猶予5年が言い渡された。判決は「家族は被害者の介護に協力的ではなく、ヘルパーがいない時間帯は被告がほとんど一人で介護し、腰や足の悪い高齢の被告にとって大きな負担となった」と擁護した。

同年12月15日付の毎日新聞によると、夫と親族は2009年7月以降、市や地域包括支援センターに相談し、介護サービスや病院を紹介されるなど34回のやりとりをしたという。

妻に認知症の症状が出た2014年からは、介護認定を受けてケアマネジャーがつき、ホームヘルパーが週2回訪問していた。

2016年1月に妻が膝の骨を折って入院し、3月に退院してからは自宅で寝たきりの状態になり、たびたび失禁するようになる。足腰の具合の悪い夫は布団を車に載せてコインランドリーヘ行き、数時間かけて乾かした。ヘルパーの訪問も毎日2回に増える予定だったが、ヘルパーの支援を拒む同居の長男と口論したことが引き金になり、介護の負担増を一人で思いつめて妻を殺害してしまったという。退院してわずか1か月後の出来事だった。

「客観的には解決可能だった」と裁判長が指摘したように、市の担当者らは妻の状態を考慮して入院を強く勧めていたが、家族側がそれを拒否して自宅で面倒を看るといったそうだ。一度拒否されると、それ以上、家庭の事情に口をはさむのはためらう傾向にある。しかし、もっと積極的に家族に介護サービスをうながしていれば悲劇は防げたと思うとやりきれない。

 

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結城 康博(ゆうき・やすひろ)
淑徳大学総合福祉学部教授。1969年生まれ。社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー。地域包括支援センターおよび民間居宅介護支援事業所への勤務経験がある。おもな著書に『在宅介護――「自分で選ぶ」視点から 』(岩波新書)、『孤独死のリアル』(講談社現代新書)、『介護入門 親の老後にいくらかかるか? 』(ちくま新書)など。

村田くみ(むらた・くみ)
ジャーナリスト。1969年生まれ。会社員を経て1995年毎日新聞社入社。「サンデー毎日」編集部所属。2011年よりフリーに。2016年1月一般社団法人介護離職防止対策促進機構(KABS)のアドバイザーに就任。おもな著書に『書き込み式! 親の入院・介護・亡くなった時に備えておく情報ノート』(翔泳社)、『おひとりさま介護』(河出書房新社)など。

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『介護破産』
(結城 康博、村田 くみ/ KADOKAWA)

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