「50歳での末期がん宣告」から奇跡の生還を遂げた、刀根健さん。その壮絶な体験がつづられた『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)の連載配信が大きな反響を呼んだため、その続編の配信が決定しました!末期がんから回復を果たす一方、治療で貯金を使い果たした刀根さんに、今度は「会社からの突然の退職勧告」などの厳しい試練が...。人生を巡る新たな「魂の物語」をお届けします。
不安からの脱却
3月中旬に書類関係の最終確認のため、会社に行った。
「おかげ様で私物整理も終わりました。ありがとうございました」
「いいのよ。お疲れ様でした」
「本当にお世話になりました。12年間、ですよね」
僕は頭を下げた。
「そうね...」
感慨深そうに、社長がうなづいた。
「まあ、こんな形で辞める事になるとは思わなかったですけど」
「そうね、私もよ。そうそう退職金、きちんとお支払いすることにしました」
「えっ、退職金、頂けるのですか?」
「はい。商工会議所に積み立てていた金額を、そのままお支払いします」
「ありがとうございます。本当に助かります」
「いえ、これは刀根さんが今まで会社にしてくれた貢献に対するお礼です」
その後、退職届を正式に書いて、僕は会社を出た。
これからの生活を考えると、退職金がもらえたことは、本当にありがたかった。
これで僕はどこから見ても、3月末日をもって完全なる無職になる。
しかし...僕の不安は続いていた。
転職活動か...。
僕はずっと講師としてやってきた。
それ以外の新しい仕事なんて出来るんだろうか?
今さら新しい仕事を覚えてやっていけるのだろうか?
どこかの会社に転職して入社するなんて、出来るんだろうか?
がんなる前の僕だったら、出来るんじゃない、やるしかないんだ!
そう思って、すぐエネルギッシュに行動を始めただろう。
しかし、がんを体験して、そういう生き方はうまくいかないということを、僕は学んでいた。
それじゃあ、今までと同じだ。
じゃあいったい、どうすればいいんだろう?
いろいろな人たちからアドバイスをしてもらってはいたけれど、これといった決め手はなく、冷静に考えても不安要素しかなかった。
このままだと、一人で生きていかなきゃいけない
この体調を抱えて、一人で稼いでいかなきゃいけない
安心を約束していた組織から追放され、ひとりぼっちになってしまったように、僕は感じていた。
孤独...いや、ひとりになることの不安。
会社という組織に所属することで得ていた安心感というものを、それがなくなった今、それがどれほど心の安定につながっていたものだったのかということを、僕は今さらながら強く感じていた。
組織や集団に所属するということは、窮屈だけれど安心をもらえる。
組織の中で与えられた役割をこなしていれば、生活や居場所は保障される。
いろいろ文句もあるかもしれないけれど、とりあえず安心だ。
今までは会社組織という集団で経済活動をしていた。
つまり、お金を稼いで生活をしていた。
しかし、僕は今まで所属していた組織からはじき出されてしまった。
これからはたった一人で何とかしていかなくてはならない。
独立して一人でやった時期もあったが、そのときと今の大きな違いは、過去は自分から飛び出したが、今回ははじき出されたということ。
同じシチュエーションでも気持ちは全く違った。
体調もあの頃と全く違う。
【次のエピソード】がん離職で無職になった僕を落ち着かせてくれた「一冊の本との出合い」/続・僕は、死なない。(19)
【最初から読む】:「肺がんです。ステージ4の」50歳の僕への...あまりに生々しい「宣告」/僕は、死なない。(1)
50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこととして当時を振り返る第2部も必読です。