義両親と同居してW介護に明け暮れる日々。もしもあの時別の道を選んでいたら?/山田あしゅら

こんにちは山田あしゅらです。

義両親の在宅介護の様子を嫁の目線で綴った ブログ『13番さんのあな―介護家庭の日常―(現・13番さんのつぼ)』。

ここに書いてきた13年間の記録をもとに今の気持ちを織り交ぜつつ、改めて当時のことを振り返ってみようと思います。

【前回】正月だけやってくる義弟一家。今年はおもてなしは無理と伝えていたのに... 

12月半ばに結婚式を挙げた私たち。

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あっという間に30年が過ぎました。

1年ほどはアパートで新婚生活を営んでいましたが、それもつかの間。

長男一郎が生まれるとすぐ、急遽進められた義実家リフォーム。

完成後は有無を言わさぬ同居生活が始まりました。

義実家同居定番の語りつくせないあれやこれやは言うまでもなく

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毎年異動の季節がくるたびに祈りをささげていましたが、思うようにはいきません。

子育てはそれなりに楽しかったのですが、一段落してヤレヤレとホッとしていたら入れ替わりで義両親の介護がスタートしました。

思いもよらず長引いてしまったW介護の毎日に

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と、今でも思わないこともありません。

傍からみれば同居によって経済的に恩恵を被っているではないかと言われるかもしれませんが、様々な葛藤と忍耐とストレスを天秤にかければおそらく天秤棒折れるんじゃないかと。

義父のうつ病が躁転したとき、混乱した彼が

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こう言いだした時がありました。

カッとした夫としお氏は売り言葉に買い言葉。

私たちが住むマンションを探し始めるまでに至りましたが、既に認知症の症状が進み始めていた義母と、今ほどではないにしてもだんだん身体の自由が利かなくなってきていた義父が二人だけで暮らしていけるはずはありません。

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結局別居話はお流れに。

義父にとっては息子夫婦に頼らざるを得なくなった身の焦燥と『イタチの最後っ屁』的な抵抗があったかもしれませんが、あの時勢いに乗って同居解消していたらどうなっていたでしょう。

分岐点は様々あれど人生選ぶ道は1本ですものね。

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あれやこれやを繰り返しつつ今年も山田家の1年は続きます。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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山田あしゅら

60代主婦。3人の息子は巣立ち、孫が2人いるおばあちゃん。 義父・太郎を平成31年4月(享年90歳)、義母・はな子を令和2年11月(享年95歳)をそれぞれ見送り、現在は夫と二人暮らしをしている。13年間にわたり義父母の介護の奮闘を綴ったAmebaブログ 「13番さんのあなー介護家庭の日常(現・13番さんのつぼ)」をもとに 平成29年7月『毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です!』を出版。

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

山田あしゅらさんのブログ:13番さんのつぼ

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