「どうやったら母親に褒めてもらえるのか」母の顔色がすべての正解だった子ども時代/オキガネ

旦那が脱サラして夫婦で居酒屋経営を始めました。

何もかも順調だった矢先、旦那の浮気が発覚し、すったもんだの末に離婚して一人暮らしに。

その後、脳梗塞になり大事には至らなかったものの、私のことを心配した娘達の提案で、離れて一人暮らししていた長男と現在は同居しています。

▶前回|いつでもどこでもマイペースすぎる旦那にイラッ。小さな孫娘も全然なつかなくて...

半世紀以上も前のお話です。

その頃は姉も兄も遠く離れたところに就職していたので、家には私と母親だけで住んでいました。

たまに...いや、しょっちゅう母親の友人(後の養父)も来ていましたけど。

実の父親とは正式に離婚した後だったのかは覚えていません。

父方の祖父母がいたという記憶がないのですが、隣家のおじいさんが祖父だと言う話は聞いたことがあります。

しかしあまり絡んだことがないので本当の祖父だったのかどうかもわかりません。

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さて、今回は母方の祖母が我が家に訪問した時の話です。

祖父母はバスの停留所で10個ほど離れたところに、母親の弟家族と大所帯で住んでいました。

その日、1人で留守番をしている私のもとに祖母がやって来ました。

祖母の方から会いに来たのは多分後にも先にもその日限りだったと記憶しています。

特に鍵もかけていない玄関の戸を開けて入ってくると、祖母は私に向かって「ひとり?」と聞いてきました。

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母親に何か重要な用事があった様子ではありましたが、何分にも人見知りな私は充分な受け答えも出来ないまま祖母は一方的に喋ってから帰りました。

その日、私は祖母が来たことだけ母親に告げました。

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そして数日後、私は母親に酷く怒られました。

「ばあちゃん来たのにお茶も何も出さなかったんだって? ばあちゃんバナナ食べたかったって言ってたよ」

あの日、祖母は家の中に置いてあったバナナを目ざとく見ていたようなのです。

それは地元でお祭りがあった時に母親が奮発して買ったもので、その時代のバナナと言えば高級品でした。

数日後にと言うのは、今みたいに簡単には連絡が取れない時代だったので、母親が実家に寄った時に祖母から嫌味を言われたのだと思います。

それからまたある日、いつものことながら1人で留守番中に今度は中年の女性が訪ねて来ました。

私はまた母親に怒られてはいけないと思い、お茶を入れてお盆に乗せて持って行きました。

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女性はにこやかに笑いながらお茶を飲み終わると、「また来るね」と言って帰って行きました。

ところが、「その人は保険の勧誘の人だからお茶なんか出さなくていいの!しつこいんだから」とまたまた母親に怒られてしまいました。

その後に、「しっかりとしたお嬢さんですね、と誉められたけどね」と付け加えてはいましたが...。

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今思えば、母親の些細な言動にいつも振り回されていた子ども時代。

どうやったら母親に褒めてもらえるのか、逆に何をしたら激怒されてしまうのか、さっぱりわからなくて、いつもビクビクと考えながら生きていたような気がします。

その後も何度か訪問者は来たようですが、私がお茶を出したのかどうかは記憶に残っていません。

逆にこの2件の出来事を、あやふやながらも現在まで覚えていたのは、子どもながらによほど理不尽に感じていたからでしょうね。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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okigane(オキガネ)

​サラリーマンだった旦那がリストラされたのを機に始めた居酒屋で約20年女将を勤める。 3人の子ども達も成人してさあこれからという10年前にまさかの旦那のW不倫発覚! すったもんだの挙げ句約40年連れ添った旦那とこの度めでたく離婚して、今はパートしながら気ままな独り暮らしを満喫中。

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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