「60代の男性です。子どもと一緒に寝るために、ベッドから布団へ移動した私。ですが、いつのまにかベッドに戻れない状況になっていました...」
■わが子のそばで眠る、親としてそれが望ましい...はず
いまから22年前、家を建てました。
狭いコーポから広い新築に移りましたが、家族みんなでひとつの部屋で寝る習慣は続きました。
2階の和室を寝室にしてベッドを置き、大人2人はベッドで寝て、子ども3人は布団を敷いて寝ることにしました。
当時、私は42歳、妻は38歳、長女が7歳、長男が5歳、次男が2歳でした。
コーポに住んでいる時はみんな布団で寝ていたので、目線は同じ高さで、家族みんな一緒に寝ていることを実感していました。
しかし、一軒家に移り住んでから大人はベッドの上、子どもたちは一段下の布団で寝るようになりました。
子どもたちから親の顔は見えないでしょう。
そのせいか、子どもたちとの間に何だか距離を感じたのです。
何より、子どもたちより一段高く、しかもふわふわのベッドの上で寝ていることに罪悪感を抱いてしまったのです。
私は妻と話し合うことにしました。
「子どもたちはまだ幼いので、親はベッドでなく、布団で添い寝をしてあげたほうがいいんじゃないか」
「なら、あなただけそうして。私はベッドがいいから」
平然とそう言った妻に、私は驚きを隠せませんでした。
「一緒に子どもたちと寝ないのかい?」
「じゃあ誰がベッドで寝るの? ベッドがもったいないじゃない」
妻の態度から、意見を変える気はまったくないことを悟りました。
実はこのベッドは嫁入り道具で、狭いコーポに置くことができなかったため、妻の実家に置いたままになっていました。
家を建てて、ようやく出番が来たベッドが誰にも使われないのは、確かにベッドがかわいそうかもしれません。
その日から、私だけが子どもたちのそばで一緒に寝ることにしました。
広くなったベッドは、妻が独占するようになったのです。
■そして、ベッドに戻る道は閉ざされた...
それから10年ほど経った頃、子どもたちは成長して子ども部屋で寝るようになり、家族が寝ていた和室は私と妻だけとなりました。
「子どもたちがいなくなったことだし、今日から自分もベッドに戻って寝ることにするよ」
そうするのが自然だろうと思って言ったのですが、妻の答えは意外なものでした。
「嫌よ。ずっと1人でベッドに寝ていたから、いまさら窮屈に2人で寝るなんてできないわ。もう上がってこないで」
嘘だろうと思い「まあ、いいじゃないか」と無理矢理ベッドに入りました。
すると、妻は私を蹴り落としたのです。
大の大人がなすすべもなく落ちてしまうくらいの力...妻は本気だったのです。
「え? 冗談だろ」
その後、私は意地になってベッドに上がろうとするものの、ことごとく蹴り落とされました。
「このベッドはね、もともと私の嫁入り道具なの、あなたのじゃないの」と言い捨てて、妻はベッドに大の字になって気持ちよさそうに寝始めました。
引き続き、私は妻が眠るベッドのわきの畳に布団を敷いて寝ることになりました。
ベッドで寝ることこそ諦めましたが、たまに反抗して、手や足を伸ばしてベッドに指をかけたり、足先を乗せたりしました。
「体の一部だけでもいいから、意地でもベッドに乗っかってやれ!」
なんて思っていたのです。
ところが、いびきをかいて寝ていたはずの妻は敏感に察知して、私の指や足先をベッドから一生懸命ひっぺがして、ベッドから落とします。
指一本のわずかな侵入、小さな反抗さえも許されません。
ベッドは完全に妻の専有物になってしまいました。
新築に引っ越してから22年が経ち、住宅ローンが終わり、私は還暦を過ぎ、年金生活に入りました。
しかし、いまでも私はベッドに戻れていません。
1人で布団を敷いて寝ています。
ふわふわのベッドをうらやましげに見上げながら、たまに侵略を試みては、いびきをかいて眠っていたはずの妻に反撃をくらっています。
- ※
- 健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
- ※
- 記事に使用している画像はイメージです。