<この体験記を書いた人>
ペンネーム:うさぎ
性別:女性
年齢:51
プロフィール:子どもが修学旅行に行きます。自分が行った時のことを思い出し懐かしくなりました。
1995年の秋頃の話です。
高校時代からの友人のAさん(当時23歳)が結婚することになりました。
Aさんと新郎のBさんは職場で知り合いましたが、Bさんが転勤することになり、結婚を決めたような感じでした。
結婚式はBさんの地元で行われ、私も含めた高校時代の仲の良い友人5人が招待されました。
遠方ということもあり、旅行気分でAさんとの再会を楽しみにしていました。
AさんもBさんも社交的な性格なので、招待された友人の人数はかなり多かった記憶があります。
披露宴が始まって、新婦友人の挨拶や余興などでとても盛り上がりました。
そして、新郎側の友人の余興になったのですが...これが唖然とする内容でした。
何の催しかと思ったら、なんと夫婦の営みをパロディにした余興だったのです!
それも「昼間」と「夜」に分けていて、「昼間」は普通の夫婦の食事風景な感じの余興なのですが、「夜」がもう行為そのもの!
男性たちにはウケているようでしたが、私たち女性陣は呆気に取られてしまいました。
披露宴には会社の上司や両家の親族も参加しているのに、なんだか新婦である友人が可哀想になってしまいました。
私の友人の1人が「我慢できない! 文句言ってくる!」と立ち上がったのですが、かえって大事になると思って止めました。
余興を見て新郎のBさんも笑っていましたが、内心はどうだったのか分かりません。
立場上、表立って怒ることもできないかとは思います。
でも、余興の印象が強烈すぎて、Bさんに対する印象も最悪になってしまいました。
そして案の定というべきか、Bさんからのハラスメントがひどいと、3年余りで離婚になってしまいました。
その内容がまたひどく、「家から出てはダメ」「家にいても電気を使うな」「お金を渡さない」などなど...働くことも禁止でした。
私も友人宅には何回か遊びに行ったことがあるのですが、私(当時25歳)がいても、BさんはAさんに対して強く当たっていました。
しかし、Aさんが離婚を決意してからも、Bさんは離婚に応じてくれませんでした。
困ったAさんは自分の父親(当時55歳)に相談し、計画的に少しずつ荷物を実家に送り、逃げる準備を始めました。
最終的にはBさんが家にいない昼間に逃げ出し、親や友人も協力しての離婚となりました。
私からしても、余興でBさんやその友人についた嫌なイメージがありましたし、ハラスメントを受けたことについても「やっぱり」という感覚でした。
いま、Aさんは再婚して幸せな生活を送っています。
人気記事:《漫画》「結納金は空の封筒で良いかしら?」だと!? 結婚に水ばかり差す義母にイラッ<前編>
人気記事:《漫画》パート先で53歳同僚のいじめのターゲットに!? もう許さない! 立ち向かうと決意した日<前編>
人気記事:「嫁のあんたが月20万稼いだら済む話やん」仕事を辞めたい夫をかばう、姑のハチャメチャ理論は...!?《かづ》
- ※
- 健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
- ※
- 記事に使用している画像はイメージです。