皆様こんにちは、『ぼっちシニアの幸せ探し貯金日記』の管理人"くるぴた"です。
ここでは昔、結婚生活中に起こった「おいおい、ちょっと待て」と思うような出来事などを中心に書いていきます。
【前回】浮気夫の嘘「ワースト3」。エイプリルフールじゃなくても「嘘」だらけの結婚生活...
元夫の本業を、私は正確には知りません。
夫婦として異常なことだと自分でも思います。
出版関係だとは聞いていますが、詳しいことは説明してくれませんでした。
しかし、まともな収入が得られない仕事だったのは間違いありません。
「お願いだから生活できるだけの収入が得られる仕事に転職して」と頼み込んでも、本人はどこ吹く風。
そこまでやりたい仕事なら、辞めなくてもいいけれど、せめて何か他に副業をして生活を助けて欲しい...それが願いでした。
ただ、金銭的に厳しかった元夫の仕事ですが、残業はほぼ無しの完全週休2日と、勤務時間に関してはすこぶるホワイト。
だからこそ、週1日だけでもいい、少なくとも働いた分は確実にお金をもらえる、一般的なアルバイトをして欲しいと、私は当時思ったものです。
しかし元夫は、どんなに支払いに困っても、私が頼んでも、ほとんど副業やアルバイトの類はしてくれませんでした。
私がパートと在宅ワークの二本立てで働き、生活費の大半を支えていたので、甘えがあったのかもしれません。
たまたま気が向いて、よくあるフリーランスが仕事を請け負うサイトに登録しても、単価が1文字1円にも満たないライターの募集を見ては「こんな単価の安い仕事はやっていられない」 と、さっさと退会したり......
そんな元夫が結婚期間に唯一実際にやった副業は、テープ起こしのバイトでした。
一件60分で、報酬は5千円。
それだけ聞くと、美味しい仕事のように聞こえます。
でも聞き取りにくい音声を、何度も聞き返しながら文章にするので、実際には丸一日かかってしまい、時給にすると大した金額にはならなかったとのこと。
結局2~3回でやめていました。
そんな元夫でも、学生時代は一応アルバイトをしていたようです。
東京の大学に進学し、1人暮らしをしていた学生時代、元夫は実家から月10万円の仕送りをしてもらっていました。
40年前ですから、普通の公務員の義父や義母はかなり頑張っていたと思います。
それでも、都内で生活費10万円で暮らすのは当時でも厳しく、労働嫌いの元夫でも学業の傍ら、バイトをしていたようです。
元々出版系の仕事に興味があった元夫は、バイトもそちらの方面で探しました。
でも自分で志望した、ある程度名の通った出版社の面接はことごとく落ち、働くことになった会社は、一応出版業と一応関わりがあるという触れ込みでした。
「忙しくて帰宅できず、会社の床で寝た」「一日1万文字書けと言われた」などと、元夫はそのブラックぶりについて、話をすることが時々ありました。
しかしその会社は、しばらく働いているうちに、雇い主が詐欺か何かの容疑で逮捕されてしまい、事実上倒産してしまったとのこと。
元夫はまだぺーぺーの学生バイトで、事情も知らず危ない事にはノータッチだったため、大事には至らなかったけれど、最後の2カ月分の給料は未払いだったそうです。
個人的には、変な人に関わって罪を着せられたりしなくてよかったと思うのですが......
その話をする時、いつも元夫はなぜか決まって得意気でした。
なにやら『そういうヤバい職場で働いていた俺』として、本人の中で武勇伝と化している様子。
いやいや、それは話のタネにはなっても、決して自慢するような事じゃないから!
堅気の仕事をする方が、ずっと立派な事だから!
気分良くお酒を飲み、語っている元夫に、それをハッキリ言うことはありませんでしたが......
おそらく何かで一旗上げたかった元夫にとって、いわゆる社会の歯車になって働くのは、唾棄すべきことなのかもしれません。
だけど、暮らせなくなるほどお金に困ったなら、なりふり構わず働くことも必要だと思います。
ましてや、1人じゃなかったのだから。
私自身も、決して甲斐性がある方ではありません。
でも、あの頃は生活のために、自分にできる範囲で必死に働いていたつもりです。
そして疲れて帰宅した時に、大の男が仕事もせず、家事もせずにゴロゴロしているのを見て、幾度も心が折れました。
頼れるのは自分だけ。
そう何度も胸に刻んで、何とか離婚に漕ぎつけたのです。
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