認知症の祖母が「泣きながら伝えてくれたこと」。その2カ月後に祖母は...

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:gaspal
性別:女性
年齢:42
プロフィール:私(42歳)、夫(53歳)、小学5年生息子の3人暮らし。共働き家庭で、時短料理にはまり中です。

認知症の祖母が「泣きながら伝えてくれたこと」。その2カ月後に祖母は... 23.jpg

私と夫は2007年に結婚しましたが、その前から3年ほど同棲していました。

20代前半で同棲を始めた理由は、早く実家を出たかったからです。

私は事情があって、2004年3月の大学卒業までは、実家で認知症の祖母の介護をほぼ1人でしていました。

いまでは「ヤングケアラー」という言葉も聞きますが、当時はそこまで認知症も理解されていなかった気がします。

介護が始まったのは高校生からで、食事や入浴など生活全般を介助していました。

昼夜逆転の祖母が徘徊し、夜中に警察から連絡が入って迎えに行く、なんてことは何度もありました。

そのせいで体調が悪くなり、大学内で過労で倒れたときもありました。

介護で心身疲れきっていた私は、大学卒業と同時に介護から解放されたくなってしまったのです。

でも、実家を出ていまの夫と暮らし始めて就職した頃、両親が呆れる行動に出ました。

私が実家にいたときは、両親は「近所の手前、施設には絶対に入れない!」とショートステイでさえ認めてくれませんでした。

しかし、私が実家を出ると、それまで隠れるように下見していた老人ホームの1つに「〇〇ちゃん(私)が介護しないから!」と理由をつけて、祖母を入所させたのです。

両親のこの行動に怒りを感じましたが、私が「祖母の介護を投げ出してしまった」という後ろめたさも同時に生まれました。

祖母の入所した施設は聞かされていましたが「もう、私のことは覚えていないだろう」と言い訳を作り、仕事にも追われていたため、祖母が入所している施設を訪ねることはありませんでした。

ところが、実家を出て3年以上たった2007年の夜、祖母が夢に出てきたのです。

目覚めた私は「私を覚えていなくてもいいから、会いにいこう」と、施設に行ってみました。

すると、3年ぶりに会った祖母は「〇〇ちゃん(私)じゃない」と泣き出したのです。

施設の職員さんも「娘さん(私の母)のことも、もう分からないんですよ」と驚いていました。

「おばあちゃん、会いに来なくてごめんね」

「おばあちゃん、私、もうすぐ結婚するんだよ」

泣きながら伝えると「おめでとう」と、祖母も泣きながら言ってくれました。

3年以上、心の中でモヤモヤしていたものがやっと消えました。

その後、祖母は持病が急に悪化してしまい、私と会ってから2カ月後に亡くなりました。

私は「夢枕」や「夢のお告げ」をそれまでは信じていませんでした。

でも、いまでは「祖母が私に会いたがって、夢に出てきてくれたのだ」と思っています。

生きているうちに、祖母に会えて本当に良かったです。

人気記事:《漫画》もしかして浮気...? 結婚26年、「仕事」と言い張り週3日しか帰らなくなった夫への不信感<前編>
人気記事:《漫画》「結納金は空の封筒で良いかしら?」だと!? 結婚に水ばかり差す義母にイラッ<前編>
人気記事:ついに訪れた近距離介護の限界...。和やかに過ごした最後の夜と、バスであふれ出た涙《石塚ワカメ》

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

この記事に関連する「みなさんの体験記」のキーワード

PAGE TOP