<この体験記を書いた人>
ペンネーム:みわちゃん
性別:女性
年齢:61
プロフィール:いろいろあっても優しくありたい、と思う日々です。
私には4歳下の弟がいます。
私が生まれたときの父の育児日記には「ママは女の子でちょっとがっかりしていた」と書
いてあったので、母は弟が生まれて本当に嬉しかったと思います。
そのせいか、母は弟を甘やかしてきました。
ここで厳しくしないと!というところで甘くしてしまい、その結果、弟は人の気持ちを考えない、自分勝手なわがままな大人に育ってしまいました。
一方で、弟は母のつかみどころを心得ています。
あるとき、帰省してきた弟(20代の頃)に母が「何か食べたいものある?」と聞いたところ、「おふくろさんの作るものは、なんでもおいしいよ」と返します。
これで母親はメロメロでした。
また、今から15年ほど前のことですが、父が正常圧水頭症という病気になりました。
脳室に水がたまる病気で、水を抜く手術をすれば改善されるとはいえ、症状としては認知症とあまり変わりませんでした。
その頃は今とは違い、まだそうした症状があることは公に話すことがはばかられる空気を感じていました。
ですから、知人や親戚には父の病名や様子は伏せていました。
とても風格のある立派な父でしたから、それがどう変わったのか親戚たちが興味津々に見に来るのではと思ったからです。
お見舞いの気持ちではなく、珍しいもの見たさで来られたら、父も私もたまったものではありません。
ところが、弟は介護をすることも見舞いに来ることもないのに「親父は認知症だ」と親戚中に言ってしまったのです。
親戚たちが見物に来かねないことを考えもせずに...。
怒りのあまり弟に電話をしました。
「パパのことを何も見てもいないのに、どうしてそういうことを言ってしまうわけ?」
「だって事実だろ。それが知られたら、姉貴のプライドが揺らぐから黙ってるんだろ」
勝手に決めつけらて余計にイライラ...人の気持ちが分からない弟は絶対に許せないと思いました。
それからは予想していた通り、様子を見ようと母親の親戚がこぞって家に来ました。
案の定、みんな興味津々です。
母親の妹の夫などは、今までは家に来たこともないのに、このときばかりと現れました。
大した付き合いもないのに、なぜこんなときだけ...?
母は能天気なところがあり、親戚がどういう思いで来たのか気づきません。
そのとき私は決めました。
もう母の親戚には会わない。
弟には何を言っても無駄なだけ。
会って話す気にもなりません。
この一件以来、弟とは疎遠になっています。
弟は年をとってからも「あのときは悪かった」などとは絶対に思わないタイプです。
たぶんもう一生会わないだろうな。
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