最悪の親子関係が、たったひと言で...。認知症の義父を介護した8年間、とても良い時間でした

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ラズベリイジャム
性別:女性
年齢:52
プロフィール:夫(59歳)と娘(18)と愛猫2匹で暮らしています。長女(23)は社会人になり独立! 52歳で再就職したアクティブ主婦です。

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2019年、私の義父は91歳で亡くなりました。

夫(当時57歳)と義父は昔から仲が悪く、結婚してからも食事を一緒にした機会は数えるほどしかありません。

結婚前からあまり親子として関わっていなかった夫は、「おやじが死んだら葬式には行くが交流は持たない」と話すほど関係はよくありませんでした。

結婚後、娘が生まれても義父からはお祝いの言葉はなく、娘は抱いてもらったこともありません。

ですが、義父が体調を崩して入院し、嫌でも関わらなければいけないことがたくさん出てきました。

夫は「ほっておけ」と最初は腹を立てていましたが、やはり親子です。

何かあったときは、私と夫で手助けをしていました。

大切な夫を育ててくれた人なので当然のことだと思っています。

それでも私たちを毛嫌いしている義父は、義弟(当時56歳)ばかりかわいがっていました。

何度も悔し涙を流したものです。

やがて義父は認知症を発症し、症状が進んで行くにつれて義弟のことも分からなくなりました。

ただ、不思議なのですが、私と夫のことは覚えています。

認知症が進行していっても私たちのことは忘れないのです。

施設に入った後もできるだけ時間を作り、私たちは祖父のところへ通っていました。

ある日、施設にお世話に行ったときに、義父がぽつりと言った言葉が忘れられません。

「あんたは一番に駆けつけてくれる。孝之(仮名)は最後まで面倒見てくれる」

私と夫に対する言葉です。

この言葉を聞いた瞬間、今までの嫌な記憶や悲しかったことが全て私の中から抜けていきました。

認知症でも分かっていてくれた! ちゃんと分かってくれてたんだなと。

とても嬉しくて涙が出てきました。

なぜ、急にこの言葉を発したのかは今でも分かりません。

この言葉をきっかけに認知症の義父はとても穏やかな人に変わりました。

私たちもこの言葉を支えに最後まで見送ることができました。

私にとって義父のこの言葉は宝物です。

分かってくれていたんだと思うと今でも涙が出てきます。

施設に入る前は本当に大変で、振り回されたときもあったけど、この一言で全てが救われたと感じます。

この言葉を話してくれてから8年間介護をしましたが、この言葉一つでつらい介護ではありませんでした。

私にとっても、関係の悪かった夫と義父が心を通わせた一番幸せな時間でした。

人生で一番の仲良し親子として過ごせたのだと思います。

2人が親子らしく過ごせることを結婚してから願っていたので、とても良い時間を義父からプレゼントしてもらえたと思っています。

お義父さんありがとう。

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