寝たきりになった母をこれから誰がみる? 兄夫婦との話し合い/あぽり

こんにちは、あぽりです。夫と、大学生の息子と、 高校生の娘の、4人家族です。

私には約1年以上前に倒れてから 要介護1になった母がおります。

前回、遠方に住む兄夫婦に、 話し合いのためこちらに来てもらう所まで書きました。

前回の記事:まるで糸の切れた繰り人形...倒れて寝たきりになった母/あぽり

車で往復10時間かかる所に住んでいる兄夫婦が、 仕事が一日しか休みが取れないと言って日帰りでやってきました。

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病院で待ち合わせをしたのですが、兄達は既に来ていました。

ちょうどお昼ご飯の時だったので、義姉が母にご飯を食べさせてくれていました。

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と言っても、身体が全く動かないのでほとんど食べられません。

この時、おかゆを少しだけ食べました。

(内臓に異常はないので、食べさせれば少しの食事が出来ます。出来るだけ自分の口から食べた方が良いと病院からも言われていました)

話も少しなら出来ます。にこやかに話をしていましたが、むくみで顔がパンパンに腫れていて、身体が動かない...

想像を絶する状態の母を見て、兄も義姉もかなり動揺していました。

あまり話をすると疲れてしまうから...ということで、明るい時間には病室を出ました。

そして、病院内にある談話室でこれからの事を話し合いました。

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兄から最初に出たセリフは、

「施設に入れよう」

でした。

「寝たきりの人間の介護はとてもじゃないけど、俺も出来ないし、お前も無理だろ? 施設を探して欲しい。俺も調べてみるけど、同じ市に住んでいる人間の方が調べやすいだろう」と。

私はそれを聞いて、

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「施設」という、まるで他人事のような話にまだ実感がわきませんでした。

今起きている事に絶望していた私だけど、絶望している場合じゃないのだ。

これからどうするか、私も動かなければいけない。

話がだいたい終わった後に、外で夕飯を一緒に食べて、兄達は帰りました。

食事の時は「なるようにしかならない」と 気持ちを切り替えて、 楽しく食事をしました。

母が倒れてから、私は初めて笑った気がします。

とにかく翌日からは、 私が一人で母の病院に通わないといけません。

救急車で受け入れ可能な病院まで搬送されたので、自宅の近くというわけにはいかず、うちから往復3時間かかる場所でした。

そして私はパートではありますが仕事をしている身。

仕事をしながら往復3時間もかかる病院に通い、母の面倒を見なければいけない。

家の家事は全て私の担当...。

私の奮闘記が始まります。

次の記事はこちら:「ごはんゆっくり作っていいよ♪」じゃない!母の看病の日々、夫に悶々

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あぽり

ブログ「絵日記でございます。」を運営。Ameba公式トップブロガー。夫と、大学生の息子と、春から高校生になる娘の4人家族です。ブログでは、50代の日常を楽しいイラストと共に綴っています。

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