変わり者の母が恥ずかしくて嫌いだった。一度離れた今だから思うこと/oyumi

こんにちは、oyumiと申します。

今は実家の静岡で父と母と私の3人で暮らしています。

3月で25歳になる予定の、名もなき絵描きのライターです。

前回の記事:長い反抗期を終えた私。実家に戻り変わり者の母と暮らす日々/oyumi

前回漫画の方で「母は変わり者」なんてちょびっと描いたのですが、今回ではその変わり者の母について書いていこうと思います。

うちの母ですが、来年で60歳。現在は介護士として病院施設で働いています。

そんな母、たいへん変わった趣味経歴を持っています。

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まず、高校卒業後はアラビア語専門学校へ進学。その後語学を活かして貿易関連の職に就きます。語学がもともと得意なのもあって、1人で海外を放浪するのが趣味だったそうです。インド、タイ、エジプトなどなど...そのうちイランで職に就いて暮らします。

アルバムを開くと砂漠で現在の父と2人で写っている写真が何枚か見つかります。どうやって2人が出会ったのかは不明ですが、2人とも海外放浪という共通の趣味があったようです。

 

25歳くらいで結婚し子供産んだことで、しばらくは専業主婦として過ごします。

私が幼かった頃の母といえば、朝昼夜とご飯を作り、たまにケーキを作ってくれたり一緒にパンをこねたり、寝る前には絵本を読んでくれたり......ごくごく普通のお母さんでした。

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「結婚すると変わり者の女も普通の女になるのか?」と思いそうですが、変わり者精神は健在です。

主婦同士でもっと仲良くお食事をするとか、もっときちんとお洒落をしてほしいとか、変な政治の話をしないでほしいとか、私も若かったのでとにかく周りと同じでいて欲しくて仕方ありませんでした。

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母の好奇心と知識欲は衰えることを知らず、50を超えてから放送大学に通いはじめました。政治から宗教、芸術、歴史、いろいろ勉強したこともあって、そこらへんの知識は随分濃ゆいです。

母は歴史や宗教が好きなので、海外のドラマをよく観ます。ちょっと前までは中国ドラマで武則天の生涯を描いた物語をいくつか...イギリスの王家のドラマもよく観ますね。今はトルコでやっている、ヨーロッパで人気があるらしい歴史ドラマにハマっているようです。

職場でそういう話をふっかけても誰一人として話が理解できないらしいので、度々「みんなどうして歴史を知らないの?学校で教わったじゃない!」と嘆きます。

母よ、なぜあなたはこの家を捨ててもっと大きな世界へ飛び出していかないんだ...と私はたまに思います。

 

私が母のこういう教養に富んでいて、他人の意見に左右されず自分で正しい意見を選ぶ姿勢などを知ったのは、本当にごく最近です。

ですから、それまでは悪い意味で「変わっている」という目で母を見ていましたし、他のお母さんと全然違うから恥ずかしい!とすら思っていました。特に学生の頃は一緒にいるところを同級生や友達に見られたくなくて、いつも距離を取っていたくらいです。

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ところが、私が19歳になり家を出て上京し、22歳まで東京で過ごすうちに、客観的に自分の母親を見るようになると、評価が徐々に変わっていきました。

ある意味適度な距離感が生まれることで、逆に接しやすくなって会話の範囲が広くなったり、今まで気付かなかったところに目や耳がいくようになったのです。よくある話ですね。

私も大人になってくると政治や宗教、歴史、芸術などに関心を示すようになりました。そういった本を読むことはできても、やっぱりトークに勝る刺激はなかなかありません。リアルタイムで面白い話が生で聞けるのはとても刺激的で新鮮で面白いです。

私が母に「●●ってどういうこと?」と尋ねると、母は「そんなことも知らないの!?●●っていうのは〜〜〜」と返してくれます。私がわからなくて母に質問して、答えが返ってこなかった事は多分一度もありません。

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次第に趣味が共通していくので、映画の話では特に盛り上がります。こういうコミュニケーションが重なっていくと、次第に母を尊敬するようになっていきました。学校の先生や過去勤めていた職場の上司よりもはるかに頭が良くてユニークだからです。

尊敬するようになるとどうなるかというと、誇れるようになるのです。誇れるから、人に母を自慢できるのです。

「こんな変わり者の母親で恥ずかしい」と嫌っていた頃とは随分逆転したものです。

 

うちの母は、「よき母」であり「よき友」であると最近は感じます。

一度家を出なかったら自分の中でこのような変化は生まれなかったかもしれないと思うと、動機がどうであれ外へ飛び出すというのはそんなに悪い経験ではなさそうです。少なくとも、私の実家嫌いは8割くらい治りました。

とはいえ、もちろん母子関係が良好であるのはとても理想的ですが、ズブズブな関係はそれはそれで問題を多く孕んでいます...そこらへんの距離感の保ち方取り方は難しい課題です。

いつまでも実家で仲良く暮らす、というのはあまり健全ではないとも最近はよく思うのです。その話もまた連載中にしたいですね。

次の記事はこちら:母との関係を断つことが、私にとっての自立だと思っていた

関連記事:理想の親子のはずだったのに。母と息子がもう一度同居した結果.../もづこ

oyumi

平成生まれの24歳。2014年よりwebで漫画・イラストのほかコラムの執筆活動を始める。不真面目なものから真面目なものまでいろいろ描いてます。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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