突然の母の死。生命保険金で思い出のお寺にお墓をたてました

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ペンネーム:もしゃもしゃ
性別:女
年齢:37
プロフィール:今から12年前に母を胃がんで亡くしました。突然のことだったので、本人も家族も心の準備ができず、いまだに夢に見るくらい悲しい出来事でした。

私の母は今から12年前に55歳で胃がんで亡くなりました。病気発覚が末期も末期でしたので、倒れて入院してからなんとたった3週間での他界でした。そのあまりにも早い、悲しすぎる母の死に、父(当時52歳)、私(当時25歳)は心底打ちのめされ、どこか魂が持っていかれてしまったような、生活をしていても体の半分がぼやけているような状態で、何をしていても自然とはたはた涙が流れてくるありさまでした。

突然の母の死後、そんな状態だった我々も、通夜、お葬式とやるべきことをこなし、次に上がった案件はお墓の問題でした。

我が家には電車で2時間程かかる遠方にお墓があります。ですが、母をそのお墓に入れるのははばかられました。というのも、そこは遠すぎてなかなか行けない上に、すでに他界した父の母(母にとって姑)が非常にきつい性格で母をいじめていたということもあり、母は昔から「おばあちゃんとは別のお墓に入りたいから、新しく作りたいと思う」と言っていたからです。
その話が出たときに、実の子である父も、孫の私も同意していました。母は「でもあなたには迷惑かけないから、お墓のお金はためておくね」と笑っていました。もちろん、こんなに早く自分が死ぬとは思っていなかったのでしょう。それにそれまでは私の学費でそれどころではなかったと思います。お墓の購入資金はたまっていませんでした。

そんな状況の中、我々には母の生命保険が入金されました。額にして1,200万円程です。告知を受けた病床で、母は少し涙を流しながら「私が死んだら、生命保険がおりるから。あげるからね」と言っていたのを思い出します。正直、そんなお金いりません。1,200万円と母の命、全く比較になりません。何故母は死んでしまったのか、もっと早く気付けなかったのかと後悔ばかりで、お金に非はまったくないのですが、憎々しく感じられるお金でした。使う気がまったくおきません。

ですが父と相談し、このお金でお墓を買おうということになりました。母のためにこのお金で立派なお墓を買おう、それが正しい使い道のように感じました。

うちの最寄りのお寺は歩いて10分程の距離にあるのですが、そこのお寺が丁度新規でお墓を売り出していました。幼い頃から家族で何度も初詣に訪れていた思い出深いお寺です。そこでお墓を購入することにしました。やはり家から近いというのが最大のメリットでした。

さっそく購入手続きをとりはじめたのですが、父も私も麻痺状態だったのと、資金が潤沢にあるということで、あれよあれよで総額500万円近くのお墓になってしまいました。お墓の立派さが愛情の深さだなんて全く思いませんし、普段だったらそんなにお金をかけるとは思わなかったのですが、当時は判断力もなく、営業さんの言葉に頷くばかりで、それはそれは立派なお墓ができあがりました。
納骨の儀では、住職さんにお経を上げてもらい、卒塔婆を立てました。集まった親戚はお墓の立派さにいくら掛かったの?と若干引き気味です。
今思えばお金をかけすぎたなと思うのですが、もう済んだことなので後悔はありません。

自宅の近くにお墓をもって、本当によかったと思っています。

母の死後、私はよくお墓にいって母に話しかけていました。悲しさに押しつぶされそうになると、すぐにお墓に行き「おかあさんに心配されないように、しっかりと生きていくから」と誓うと、自分の芯が強くなって前を向けるような気持ちがしました。また、父も、ほぼ毎日母のお墓に行っては線香をあげています。自宅とお墓の間には、花が咲き乱れ、季節が感じられる大きな公園があるのですが、父と母はそこで老後一緒に散歩をしようと約束していたとのことです。その大きな公園を通って、父は母の墓守として日々を過ごしています。
母の死後からもう12年ですが、これらは変わっていません。最愛の家族を亡くし、残された私と父にとって、新しいお墓はかけがえのない場所になっています。母も喜んでいてくれるといいのですが。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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