遺骨を見るまで実感がわかなかった、50歳の夫の一日葬

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ペンネーム:ちまゆ
性別:女
年齢:47
プロフィール:平凡だけど幸せに暮らしていた2児の母です。40代で大変悲しい経験をしてしまいました。義母の認知症で介護施設探しも。山あり谷ありの人生ですが、今はたくましく生きています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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東京から新潟に単身赴任中の50歳の夫が、くも膜下出血で急に亡くなってしまいました。

前回のエピソード:単身赴任中の夫がくも膜下出血。49歳で早すぎる突然の別れ

どうしてこんなことになってしまったのだろう、どうしてうちの人なんだろう、何がいけなかったのだろう?思い悔やみながらも、私たち家族は悲しむ暇もないくらい忙しい状態でした。葬儀について色々決めなければならなかったのです。

両親がまだ健在だった私は、葬儀について何の段取りも知りませんでした。万が一のこととして考えることはあっても、こんなに早く、しかも夫が亡くなるなんて思ってもいません。傷心で疲れ切った上に、葬儀をするためこんなに多忙を極めると知ったのは、この時が初めてでした。

 

夫が新潟の病院で息を引き取ってすぐに、予め決めていた葬儀会社に連絡をして東京に帰るための車の手配をしました。私は新幹線で先に自宅に帰り、夫の到着を待っていました。そして、夫が家に帰って来た時には、「パパおかえりなさい」と言って迎えました。

夫はとても子煩悩なマイホームパパで、生前、早く東京の本社に戻りたいとよく言っていたことを思い出しました。

この段階ではまだ、夫がただ寝ているだけにしか見えませんでした。肉体があるうちは、現実味を感じなかったのです。ずっと東京で一人で子供たちの面倒を見ていたので、夫の遺体が家に帰って来た時は、やっと帰ってきて嬉しい、とさえ思うほどでした。

 

翌日からは、葬儀会社との打ち合わせ、夫の会社へ連絡、親族への連絡、自分の身近な人への連絡をし、日取り、葬儀の種類(通夜か一日葬か)、棺のランク、祭壇の花のランク、その他諸々を決めました。

現役で亡くなった為、同時進行で夫の会社の方とも打ち合わせを進めなければならず、一人ではとても手が回らないので、弟夫婦に手伝ってもらいました。

 

普通は通夜の葬儀が一般的と思っていたのですが、うちは一日葬にしました。

一日葬は、葬儀全てを一日で済ませてしまう葬儀のことです。これに決めたのには2つ理由がありました。まず、娘のことです。娘は、夫が倒れた翌日にあった高校の入学式に出られませんでした。これからスタートする3年間を考えると、泊まりがけのオリエンテーションは休む訳にはいかないだろうと思いました。そうするとスケジュール的に空いている日が一日しかなかったのです。そして、2つ目は葬儀会社の葬儀予約が一日しか取れなかったことです。

納得して決めたはずでしたが、一日葬に参列したことがなかったので、どうなるものだろうと少し不安でした。

実際は、慌ただしいのかと思いきや、前夜に来て下さった方々への料理の用意や対応はなく、一晩中起きていないといけない訳でもなく、費用も安く済み、遺族の負担がとても少ないと感じました。私は、心身ともに疲れ切っている遺族にとって、一日葬はとても良い葬儀かもしれないと思いました。ただ来て下さる方には一日しかないので、少し申し訳ない気持ちはありました。

幸い葬儀会社が良い会社だったので、良くわからない金額を取られるようなこともなく、親身にこちらの希望を取り入れた対応をしてくれました。私と夫は社内結婚でしたので、多くの会社の方々、夫の友人、地域から子供の学校関係者、私の友人が参列して下さいました。

夫のために来てくださった方々を見た時、悲しい中でも少し心が救われた感じがしました。

 

大勢の方に見送られ火葬場に行きました。

これが本当のお別れという感じがして、一番辛い瞬間でした。
そして、焼き上がった夫の遺骨を見て、私はやっと現実を認識したのでした。

葬儀は滞りなく行われ、無事に夫はあの世へ旅立って行きました。
夫は残された私や子どもたちを、きっと見守ってくれている。そう自分に言い聞かせて、これから起こるであろういろいろなことを乗り越えていこう、強くなろう、と決心しました。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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