結婚して、夫の実家の近くに住み始めて20年。この春、子どもは高校生になりました。夫は会社員、私は持病があって専業主婦ですが、義実家が営むフルーツ農家の手伝いに、たびたび駆り出されます。そんな義実家で、私がずっとモヤモヤしてきた「義弟」の話を聞いてください。
家業も手伝わず、ひたすら歌手の夢を追う義弟
義弟は37歳、独身。音楽大学を出たあと、「名の知られる歌手になりたい」と、全国のオーディションを受けながら、デビューの日を夢見て暮らしていました。
単発のアルバイトはたまにするものの、家に生活費を入れることはなく、歌のレッスンなど好きなことをしながら、実家でのんびり。家業の手伝いは、まったくと言っていいほどしませんでした。
義父母はふたりとも80歳。義弟の生活費まで賄うために、現役で働き続けていました。それでも作業が長時間になると辛くなるのでしょう、嫁である私に、よくヘルプの電話がかかってきました。
一度、「義弟さんにお願いできませんか」と伝えたら、叱られました。「○○ちゃんは、自分のことでがんばってる最中でしょう。頼めるわけないじゃないの。疲れて風邪でもひいて、オーディションが受けられなくなったらどうするの。歌手は喉が命なんだから!」
それどころか、義弟が地方のオーディションに行くときは、義父母がマネージャー代わり。車で荷物を運んでやっていました。義弟は運転免許すら持っておらず、義父母が「取らなくていい」と言ったそうです。高齢ドライバーの事故があれほど報じられているのに、何かあったらどうするのか。私ひとりが、やきもきしていました。
ある日には、運転担当の義父が腰を痛めたことがありました。その日も義弟はレッスンがあって車が必要で、お鉢は私に回ってきます。でも子どもの用事があり断ると、当日の朝、義母からすごい剣幕で電話が。「○○ちゃんの一生がかかったレッスンなのよ。遅刻したら責任取れるの!?」
電話を切ったあと、隣で聞いていた子どもが、ぼそっと言いました。「おばあちゃんって、息子コンプレックスやね」――その通りだと思いました。でも、私が何を言っても、あの親子は変わらない。私は手伝いを続けながら、ただ見ているしかありませんでした。
甘やかし続けた日々に、思わぬ代償が
そんな日々が、去年の秋、思いがけない形で変わることになりました。
きっかけは、義父が畑で倒れて入院したことです。幸い大事には至りませんでしたが、お医者さんから、きつい農作業も長い運転ももう無理だと言われたそうです。義母ひとりで家業と義弟の世話をするのは、さすがにもう無理でした。義弟に渡していた生活費も、オーディションの送り迎えも、だんだんとなくなっていきました。そんな状況になっても、義弟は家のことを何もしないままでした。
さらに、徐々に義弟の態度が変わりました。不機嫌になり、義母にあたるようになったのです。「なんでお金が出せないんだ」「送っていくって言ってたじゃないか」。さすがの義母も、これにはこたえたようでした。あれだけ大事にしてきた息子が…と。
義弟は、親をあてにできなくなって、しぶしぶ近所の工場で働き始めました。歌手の夢がどうなったのかは、私も知りません。
義母は今でもたまに、「あんなに大事に育てたのにねぇ」とこぼします。私は、そうですねぇ、とだけ返しています。よけいなことは、言わないことにしています。

