母の介護を終え、夫を失い、自由になった65歳。「自分のために生きる」難しさを痛感/chii
おととし別居中の夫を亡くし、現在はワンルームマンションに住んでいます。
前期高齢者となり、終の棲家のことを考えるようになりました。
【前回】60代、おひとり様暮らし5年目。実際に直面して焦った「シニア一人暮らし」4つの困りごと
一人暮らしをスタートして6年目に入りました。
仕事がお休みの日は、誰とも一言も話さないことがあります。
買い物に行って、店員さんとやりとりをするくらいです。
介護を終え、子育てを終え、夫も亡くなり、まるっきり自由になった私。
もう誰かのために生きるのは終了、自分のために生きていいとわかっていても、それがなんと難しいことかと感じています。
それでも、これやってみようと直感的に思ったことは、挑戦することにしています。
5年前に亡くなった母は何もすることがなくなってから認知症が進行し始めました。
私の実家は大家族で、一時は10人暮らしの時も。
両親、祖父、兄、妹、私、そして叔母も一緒に住んでいた時代もあったのです。
父が食堂を経営していて、母はお店を手伝ったり、趣味の洋裁をやったり、買い物にもよくでかけていました。
とにかく忙しい人でした。
大家族の中で暮らし、寂しいと思ったことなど一度もなかったと思います。
父の晩年は、糖尿病で長い闘病生活になり、母は毎日、父の病院へ行き付き添っていました。
70代後半の頃の母は、ヘトヘトだったと思います。
「たまには休めば?」と言っても、聞かずに通い続けていました。
お店は兄夫婦が切り盛りするようになり、二世帯住宅に住むようになった母は、もうやることがなくなっていったのです。
母がやるべきことは、父の介護のみ、最後のほうは義務的な気持ちで病院へ行っていたと思います。
その後、父が亡くなり、母は老人性うつ病になり、その頃から、急激に認知症が進行していきました。
老人性うつ病から認知症に移行していく高齢者は多いようです。
二世帯住宅でひとりぼっちで過ごしていた母は孤独で、何もすることがなかったと思います。
そしてサ高住入居、最後は入退院を繰り返しながらも、特別養護老人ホームの自室で息を引き取りました。
認知症が進行していってからは、寂しいと言わなくなった母でした。
子どもの世話、親の介護、やっている時は大変です。
だけど、人は誰かのお世話をする時間が一番幸せなのかな、とも思います。
今後も脳も体も衰え、できなくなることが増えていきます。
65歳の今、できること、やりたいことをどんどんやっていこうと決めました。
女性専用のジムに、入会しました。
そこには、生き生きと筋トレするシニア女性たちがたくさんいます。
健康寿命を1歳でも長くしたいです。

