【先週】「怖いくらいの傑作を確信...」史上最速で泣かされた新朝ドラ。「強い女性」を描く歴代朝ドラとの相違点は
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「地獄の中の光」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
女性法律家のさきがけ・三淵嘉子をモデルとする、吉田恵里香脚本×伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』の第2週「女三人寄ればかしましい?」が放送された。
昭和7年、猪爪寅子(伊藤)は晴れて明律大学女子部法科に入学する。クラスメイトは、華族令嬢・桜川涼子(桜井ユキ)、留学生の崔香淑(ハ・ヨンス)、最年長で夫と3人の息子を持つ母・大庭梅子(平岩紙)、男装している山田よね(土居志央梨)など、個性豊かな顔触れだ。しかし、本作では単なる女同士の衝突・和解・友情なんて展開を安直な週単位イベントとして描くようなことはしない。
なにせ法という圧倒的な男社会の「地獄」の道に進んだ女子たちが直面する壁は、あまりに多い。法学部男子からのからかいや、新聞記事での「変わり者」扱い、女子トイレの少なさ。法学を学んでいることで婚約を解消される者がいたかと思えば、弁護士資格取得を女性にも認める法改正も延期となる。数々の壁を前に、多くの女子生徒は諦めることに慣れ、「スンッ」とするが、寅子は空気を変えようと自己紹介し、歌い出したり、次に期待しようと声をかけたりする。しかし、諦めている多くの女子生徒にも、明るく笑う寅子にも、よねは「うっとうしい」と苛立ちを見せる。
教室を出て行ったよねを寅子が追うと、たどり着いたのは、東京地裁だった。そこで初めて法廷を見学した寅子が目にしたのは、夫の暴力に耐えかねて実家に戻った妻が離婚裁判には勝訴したものの、嫁入りの際に持参した母親の着物を取り戻すべく起こした裁判だった。
なんというタイミングだろう。夫のDVなどから逃れて離婚した・しようとしている多くの女性たちと多くの法曹が危険性を指摘し、反対の声をあげる中、「共同親権」が4月12日に成立しようとしている今このとき、この話題を取り上げるタイムリーさには、ゾクゾクする。制作スケジュール的に狙ったわけはないだろうに、こういう偶然が起こるのは優れたテレビドラマの1つの特徴だ。
よねは、着物は取り返せない、女は常に虐げられてバカにされている、その怒りを忘れないために傍聴に来ているのだと寅子に言う。夜学で法を学ぶ"先輩"優三(仲野太賀)に聞いても、今の法律では、妻の財産は夫が管理することになっていると説明される。
どうにも納得いかない寅子は翌日、穂高(小林薫)に前日の裁判の話をし、本当に無理なのかと尋ねた。すると、穂高は自分ならどう弁護するか考えてくるように言い、寅子、涼子、梅子、香淑、よねは議論する。
ここに来て、寅子とよねの問題との向き合い方の違いが明確に見えて来る。
最初、泣きだす先輩を前におどけて空気を変えようとした寅子が、問題先送りの現実逃避にも見えた。怒ることは大切だろうに、と。しかし、笑ったり怒ったりしながらも、「はて?」と考え続けるのが寅子だ。よねは怒りの火を消さないように努力している一方、心底では誰より諦念に縛られていた。思えば男装も、女性性という息苦しさに誰より縛られている現れなのだろう。
寅子は判例集や民放の本を読み漁り、よねと議論を続けたが、良い案は見つからず、穂高に「原告は敗訴、着物は取り戻せない」という結論を伝える。しかし、寅子は続けた。
「民事訴訟法第185条にこうあります」
それは、民事訴訟において、裁判所は法律や証拠だけでなく、社会・時代・人間を理解して自由な心証で判決を下さなければならないという内容だ。
そして、寅子の提案で裁判を見届けに行くことになる。男のほうがよほど学校でも会社でも群れるのが好きなのに、なぜ女だと集うことが「かしましい」になるのかとかねて不思議だったが、法廷に女子たちの姿が列をなす光景は、なんと頼もしいのだろう。
裁判長が言い渡した判決は、着物を引き渡すよう夫に指示するものだった。穂高は教え子たちに言う。
「人間の権利は法で定められているが、それを濫用、悪用することがあってはならない。新しい視点の見事な判決だったねえ」
この裁判を通して、分かり合えない二人――よねは法律を「武器」と言い、寅子は「盾や傘、温かい毛布」と言った。正解は1つじゃないし、それぞれの戦い方があれば、共闘だってできるはずだ。
ちなみに、日本評論社法律編集部のX(旧Twitter)での投稿によると、この裁判の元ネタは「物品引渡請求事件」という実際にあった裁判のようで、同社が刊行した法律時報の判例評釈にも「権利の濫用」という言葉が記されているという。
現実世界は寅子たちが生きた当時から、驚くほど進んでいないけれど、この判決が史実としてあったことは、1つの光に思えてくるのだった。