「天才じゃない僕」がそれでも生きていくために伝えたいこと/発達障害の仕事術

pixta_26943442_S.jpg仕事や人間関係がうまくいかない...「もしかして自分は大人の発達障害なのでは?」と悩む人が増えています。しかし、その解決策を具体的に示した本は少ないのが現状です。

本書『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』は発達障害の当事者が、試行錯誤と度重なる失敗の末に身につけた「本当に役立つ」ライフハック集。うつでもコミュ障でも、必ず社会で生き延びていける術を教えます!

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前の記事「もう逃げられない...30歳目前、人生は破たんに向かっていた/発達障害の仕事術(5)」はこちら。

 

僕が新卒で会社に入った後の生活習慣は、平たく言ってメチャクチャだったと思います(まぁ、それ以前はもっとメチャクチャでしたが)。帰宅するなり酒をあおり、明け方まで目を血走らせて過ごし、数時間の眠りについた後、身体を引きずるように職場へ向かう。こんなコンディションで良い結果なんて出せるわけがないのです。

自分の異常性に気づいたのは、深夜の3時にコンビニまで酒を買いに行ったときでした。仕事の始まりまではあとほんの6時間です。8時には家を出なければいけないのに、酒を飲み始めてどうしようと言うんでしょうか。でも飲んでしまっていました。

部屋中に酒の空き缶が散らかり、電話口からの異常な様子に気づいた当時の恋人が飛行機で駆けつけるまで、僕はその生活を続けていました。彼女が激怒しながら処分した空き缶は、一番大きいゴミ袋に3袋という量だったのを今でも覚えています。

机の上は空き缶の林のようになっていました。仕事を辞める、という判断は今考えると間違いではなかったのかもしれません。その後の起業という判断も正解だったとは言い難いですが、あの職場に残っても明るい未来はなかったでしょう。傷病手当や疾病休暇は取れたかもしれませんけどね。そして、起業も一時の良いときはあったものの、つまるところ失敗に終わりました。

 
「僕はジョブズではない」ということにやっと気づいた

悲惨ですね。こうして言語化してみると、僕は実に模範的な死に方をしています。事態の表面化が遅れたため、最悪の時点で発達障害と向き合う羽目になったとも言えます。逆に言えば、この失敗を逆さにひっくり返すと、多少は正しいやり方が出力されるのではないでしょうか。

「俺は発達障害者で特殊な才能を持っている」というある種の信仰、例えばアップル創業者のスティーブ・ジョブズも発達障害者だったと言われることがありますが(明確な根拠はないようです)、ああいった神話的な人物と自分を重ね合わせる悪癖が抜けたのは、本当に最近のことです。

早期に自己の問題と正面から向き合い、対策を講じ、職場などの人々に対して、あるいは他者に対して共感的に敬意を持って接する。あるいは、自己の適性に見合った職場に就く。それだけのことができれば、もっとマシな人生があったのかもしれません。

あなたが僕みたいにならないと本当にいいな、と思います。発達障害の発現形は実に人それぞれで、この本に書かれているライフハックが必ずしも通じるとは限りません。でも、少なくとも「僕はこのように失敗した」という知見だけは、あなたに落とし穴の位置を伝える役目を果たせると思います。

 
それでも「やっていく」ために

現在の僕は、不動産屋の傭兵営業マンとして働いています。もちろん数々の失敗もありますが、職場にはそれなりに適応できています。「何でこんなことがほんの数年前の僕にはできなかったのだろう?」と、とても不思議に思います。

でも、できなかったんです。もしかしたら、少し発達したのかもしれません。もしくは、経験が増えて対応力が向上したのかもしれません。でも、できることなら同じタイプの苦しみをこの文章を読んでいる皆さんに味わって欲しくはないと思っています。

発達障害の特性を強く有したまま人生を駆け抜けていける人も、稀にいます。それはそれでとても素晴らしいことです。

しかし、僕を失敗に導いたのは、まさしくそのような発達障害者たちの神話でした。自分は突出した能力を持っていて、それひとつで社会を駆け抜けていけるのか。それとも、欠損を抱えた人間として社会に順応していく努力を重ねる必要があるのか。僕は今、明確に後者が自分であると認識して生きています。

僕はジョブズではない。エジソンでもない。社会の中で稼いで生きていくためには、己を社会の中に適応できる形に変化させていくしかない。言うなれば、呑み込むべき事実はたったそれだけなんです。それさえできれば、後は具体的にどうするかという戦略を組み立て、トライアンドエラーを繰り返すだけのことです。

この文章を書けるようになるまでに、取り返しのつかない時間が浪費されました。何をどう悔いても、時間は戻ってきません。 20 代は終わってしまいました。とは言え、僕はまだ人生を諦める気はありません。神話的な発達障害者になることを諦めただけです。地道に愚直に積み上げることを今更ながら目指すだけです。

そして、ほんの少しでもあなたのお役に立てれば嬉しいです。その結果、この本が売れたらいいなと思います。事業は失敗しましたが、それでも商売人なので、お金は好きです。誰かの役に立って対価を貰えるって、とても嬉しいですよね。このような人生を生きてきた人間が書いた本です。何卒最後までお付き合いください。やっていきましょう。

 

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借金玉(しゃっきんだま)

1985年生まれ。診断はADHD(注意欠陥多動性障害)の発達障害者。幼少期から社会適応が全くできず、登校拒否落第寸前などを繰り返しつつギリギリ高校までは卒業。
色々ありながらも早稲田大学を卒業した後、何かの間違いでとてもきちんとした金融機関に就職。全く仕事ができず逃走の後、一発逆転を狙って起業。一時は調子に乗るも昇った角度で落ちる大失敗。その後は1年かけて「うつの底」から這い出し、現在は営業マンとして働く。

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『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』
(借金玉/KADOKAWA)
社会生活がうまくいかず苦しむ「大人の発達障害者」が増えていると言われる現代日本。発達障害によって30歳を前に人生をほぼ破たんさせかけた著者が、試行錯誤で編み出した「発達障害者のため」の今日から使えるライフハックを多数紹介! 仕事や人間関係がうまくいかない全ての人のための「日本一意識が低い」自己啓発書です。

この記事は書籍『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』からの抜粋です
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