【ばけばけ】意外な吉沢亮の起用法に驚き&納得...ばけばけ流「恋」の描き方が素晴らしい

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「ばけばけ流『恋』の描き方」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】予告されていた「スキップだけの回」がついに!"何も起こらない"展開が描いたもの

※本記事にはネタバレが含まれています。

【ばけばけ】意外な吉沢亮の起用法に驚き&納得...ばけばけ流「恋」の描き方が素晴らしい pixta_22374786_M.jpg

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第9週「スキップ、ト、ウグイス。」のテーマは「恋愛」で、ヘブン(トミー・バストウ)に恋心を抱く"ライバル"、江藤県知事(佐野史郎)の娘・リヨ(北香那)が登場。しかし、本作がベタな恋愛を描くわけがない。

しかも、先週の「スキップ」は続いていた。朝ドラでは努力や積み重ねの描写がすっ飛ばされ、いきなり「ヒロイン、すごい」展開になる作品も多いのに、こんな余談的「努力」に尺を使い続けるとは、なんと奇怪で、なんと素晴らしいのだろう。

東京の女学校で英語を学んだ西洋好きのお嬢様・リヨは、ヘブンに一目惚れ。そして、ヘブン宅を突然訪ね、トキに何者か尋ねられると、「ウグイスです(ドヤ顔)」「あー、私?」と、名乗っていなかったことに気づき、高らかに笑う。ヘブンへの贈り物にウグイスを選んだ理由も「日本らしさ」だけで、「トリといったらパーティでいただく七面鳥が好物だわ」と高笑い(しかも、鳴かないウグイスは実はメジロだったというオチ)。さらにトキに自分の(恋の)ライバルなのかとストレートに尋ね、意味を理解できないトキに「響き的に私っぽくない」と否定されると、満足げな顔を見せ、ヘブンとの恋に協力してほしいと頼む。

しかし、リヨの父は1年で国に帰る異人・ヘブンと娘の接近に大反対。二人を接近させないよう錦織に頼み、その錦織はトキに協力を頼んだことから、トキはリヨと錦織の板挟み...というややこしい状況に。

ある土曜、トキがヘブンの執筆中に大きな音を立てて怒られたところに、リヨがまたしても突然訪ねてくる。執筆の邪魔をしないよう、ヘブンは外出中だとごまかしたが、するとリヨはトキを八重垣神社に誘う。なぜトキを誘ったのかというと、「結果が悪かったときに当たり散らす相手がほしい」から。語学堪能で才色兼備で、「圧」が強くて、でも「テンキューオトキー」「ラッキー」と感情を全て表に出し、言葉にする、嫌みがなく裏表が全くないリヨを、北香那が非常にチャーミングに演じている。

しかし、トキの立場は難しい。鏡の池に恋占いの舟を浮かべ、ヘブンは異国から来た人だから遠くのほうで沈めば良いと願いを込めるリヨの傍らで、トキはリヨのために遠くで、錦織のために近くで沈むよう心の中で祈る。

(沈んで、沈むな、沈んで、沈むな)

しかし、舟は遠くで沈み、「ベリーベリーハッピー!」とはしゃぐリヨ。トキも「やったーやったやったー」と死んだ目+棒読みで合わせる。このやりとりだけでもおかしいのに、さらに「沈め! 沈んじょくれ!」と聞き覚えのある声が。実はトキの祖父・勘右衛門(小日向文世)は、剣の指導(今はスキップの指導)をしている近所の子ども達の祖母に恋しているのだった。

次の日曜日、リヨとヘブンが「ランデブー」をすることを知った錦織は、それを阻止すべく、ヘブンを城山稲荷神社に誘う。「ああええですねー、明日は天気もええですしうってつけだと思います」と笑顔で繰り返すbotのようなトキがそれを援護射撃する。しかし、リヨとの約束があるからとヘブンに断られ、思案していたところに、リヨが。ランデブーに弁当を作っていくからと、ヘブンの好物をトキに聞きに来たのだった。

すると、トキの背後に黒子のように黒・錦織が発動。「糸こんにゃく」と耳元で囁く。ヘブンがいつも「虫!」と大騒ぎするタブーのアイテムだ。この悪魔的囁きにトキが抵抗感を示すと、今度は自ら前に出てハキハキと「糸こんにゃくです!」と教える真っ黒い錦織。そこでトキbotも言う。「明日は天気もええですし、うってつけだと思います」

そして日曜日。トキは「ベントウアケルナ イトコンニヤク」と書いた紙を懐にしのばせ、無事を祈るが......。ランデブーの行先は、県庁だった。父はリヨにヘブンの案内を許すかわりに、目の届く範囲にと指定し、錦織と共に尾行するのだった。

いよいよお弁当の時間。ところが、ヘブンは良い場所に連れて行くと言い、錦織を呼ぶ。尾行はバレていたのだ。

結局、江藤と錦織も加わり、4人で神社に向かうと、境内にある無数の石狐にヘブンは夢中になってしまう。もはやランデブーどころではない。リヨはすっかり意気消沈。

その夜、ヘブンは夢中で滞在記の執筆に向かい、トキは微笑み、邪魔しないよう、静かに挨拶をして去る。安堵もあってか、思わずトキはスキップする。頭で考えず、自然に湧き出るはずんだ気持ちで、スキップができたのだった。

一方、松江の素晴らしさを記し、「いつか君と歩きたい」とイライザの写真に語り掛けるヘブンの耳には、スキップができて喜ぶトキの声とスキップのリズム「タッタタッタ」が響いてくる。

この時点でヘブンの心にはイライザがいるし、一度辛い別れも経験し、松野家と雨清水家を養っているトキの心には恋のゆとりなどまるでない。しかし、トキがリヨの付き合いで留守にしたとき、トキの不在に気づいて髪を振り乱し、寸足らずの浴衣で走り回っていたヘブンの姿、トキを見つけ、出て行ってしまったかと思ったと安堵し、「ごめんなさい! はあー、よかった......」と呟いた様を振り返ると、二人の間に信頼感は確実に生まれてきている。何より、二人のはずむ心「タッタタッタ」のリズムが重なってきている。

その一方、あれだけ武士に縛られ、武士の時代を終わらせた西洋を憎んできた勘右衛門が、西洋のスキップを軽やかにこなし、子ども達に「スキップ師匠」と呼ばれるまでになっている。ヘブンは40歳過ぎなのに仲の良い女性がいると聞き、呆れる司之介(岡部たかし)に勘右衛門は言った。

「これまでの我々の常識ではな。武士の時代が突如終わったように、人生何が起こるかわからん。いきなり春が訪れることもあるんじゃないかのう」

あれだけ固く閉ざされていた勘右衛門の心の鎖国を、「恋」はいとも簡単に開いてしまう。

そして、恋というと、意外なのが吉沢亮の起用法だ。
松江随一の秀才・錦織役として吉沢亮の出演が発表された際、トキとヘブンを結びつける重要な人物でありつつも、トキにとってはどこか憧れを抱いたり、背中を押してくれたりする存在だろうと予想した視聴者も多かったのではないか。

ところが、フタを開けてみると、ヘブンや知事に翻弄され、トキを巻きこみ、右往左往するコミックリリーフ的役割を務めている。吉沢のコメディ芝居の巧さは知られているところだが、端正な顔立ちとズッコケ感、中の人自身が持つキラキラしていない面白さを存分に生かし、なおかつ同じくコメディ芝居の巧い髙石と息ピッタリの漫才のような掛け合いを見せるとは。

脚本・演出・役者が見事に噛み合い、思いもよらない味付けの「恋」が堪能された第9週だった。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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