【ばけばけ】トキ(髙石あかり)の覚悟が描かれた一方で...今週の裏の主役・フミ(池脇千鶴)の複雑な母心

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「裏の主役・フミ」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】残酷な現実も"笑って"やり過ごしてきたが...トキ(髙石あかり)がどうしても耐えられなかったこと

※本記事にはネタバレが含まれています。

【ばけばけ】トキ(髙石あかり)の覚悟が描かれた一方で...今週の裏の主役・フミ(池脇千鶴)の複雑な母心 pixta_44849794_M.jpg

髙石あかり主演の朝ドラ「ばけばけ」第7週「オトキサン、ジョチュウ、OK?」では、トキ(髙石)が実母タエ(北川景子)を救うため、異人ヘブン(トミー・バストウ)の女中、すなわちラシャメンになる覚悟を決める。しかし、ヘブンは「ダキタクナイ......」。それに対する養母フミ(池脇千鶴)のまさかの「抱きたいでしょう!」――なぜこんな珍妙な展開に? 今週はトキの覚悟を描きながら、実は裏の主役はフミだった。第7週を振り返ってみよう。

タエのためにラシャメンになることを決めたトキが、ヘブンの家を訪ねる場面。ぬっと現れる大男・ヘブンを見上げるトキ目線の画角が、彼女の恐怖心を如実に表している。しかし、錦織(吉沢亮)がトキを改めて紹介すると、ヘブンは「しじみさん、ダマサレナイ」と嘲笑。腕と足を見せろと要求し、「ブシムスメちがう、ウデフトイ、アシフトイ」と断じる。しかし、木刀で自分(ヘブン)に切りかかったラストサムライ(勘右衛門/小日向文世)の孫と聞いた途端、急に目を輝かせる現金なところもある。こうしてトキは給金20円でヘブンの女中となった。

家族には、ヘブンが来たことで賑わい、大忙しになった花田旅館の女中をすると嘘をつき、給金の半分10円を三之丞(板垣李光人)に渡すトキ。断る三之丞に対し彼女は、傳から生前に預かったお金だと嘘をついてタエを救ってほしいと頼む。帰り道、良心の呵責に苛まれながらも、伏し目でうっすら笑みを浮かべた後、前を見るトキ。傳の名を使った罪悪感と、それでもタエを救いたい思いが交錯する表情は、雄弁にその複雑な心情をあらわしていた。

かくしてトキは朝早くから夜遅くまでヘブンの女中として働くようになる。ヘブン宅ではトキとヘブンを二人きりにしないよう、ウメ(野内まる)が朝餉を持参し、夜は遅くまで付き添ってくれる。このウメの描き方と演者の表現が、さりげなく、秀逸だ。一見ふんわり優しく可愛いウメだが、意外にも喋るトーンは低く、スピードも速い。しかも、ヘブンの話に適当に合わせ、何を言ってるかわからないが、笑っておけばご機嫌と笑うしたたかさもある。人の世話をする仕事に従事してきただけあって、結婚歴のあるしじみ売りより世慣れた面があり、頼もしい。

そんなウメが席を外すと、途端に緊張するトキ。「フトン」というヘブンの言葉にも、体をこわばらせる。布団を片付けるという意味だとわかって安堵し、ヘブンが仕事に出かけた後に床に大の字で寝る姿に、婿取り作戦のときに緊張から解放された姿が重なる。

そして恐怖の夜がやってくる。「オフロ、ドウゾ」と言われ、お気遣いなくと断るトキ。長い長い時間が過ぎる。ヘブンが書き物をするペンの音が聞こえているうちは大丈夫、この音よ永遠に響けと願う。そこから、ペンの音が止まり、近づく衣擦れ、襖が開く音。背後から「しじみさん」......緊張で唾を飲み込むトキの喉元のアップ。ほぼ怪談の演出だ。

覚悟を決めたトキに「イキマショウ」とヘブンが呼びかける。だが次の瞬間、「ゴクロウサマ。キョウオワリ」と告げられ、解放される。家に帰ると、寝ずに待っている家族の姿。そのあたたかさが、嘘をついているトキにはつらい。

そこへ借金取りがやってくる。トキは5円を渡し、さらに追いかけてこっそり追加の金を渡す。トキが大金をもらっていることに疑問を抱いているのは、吞気な松野家ではこの時点でおそらくフミだけだった。

一方、記者・梶谷(岩崎う大)が雨清水家のタエを直撃、物乞いに転落した様子を記事にすると告げる。すると、三之丞はトキから渡されたお金を口止め料として梶谷に渡してしまう。しかもタエにお金の出所を問われると、社長になった準備金だと嘘をつく。

しかし、新聞にヘブンの転居情報が載ったことから、ヘブンが花田旅館を出ていることがわかり、トキの嘘も発覚してしまう。

松野家はヘブン宅に乗り込み、制止する錦織も巻き込んで大騒ぎに。しかし、ここで、ある誤解が浮上する。ヘブンは「妾」を求めていたのではなく、純粋にハウスメイドとしての女中を所望していたのだった。

ヘブンが誤解を解こうと、辞書を懸命に調べて放ったのが、件の「ダキタクナイ」というストレートな日本語。それも失礼だと憤るトキ、そしてフミの謎の逆ギレ「抱きたいでしょう!」である。松野家らしいすれ違いだらけの珍場面だが、引き返す道すがら、フミはふとこぼす。

「怖かっただろうなと思って。いくら20円もらっても、妾のつもりであそこにいたと思ったら。可哀想なことをさせたわ、親が頼りないばっかりに」。怒りに任せて後先考えず乗り込むのも、その後に娘の心情を推し量るのも、母心だ。今では松野家を経済的に支えているトキでも、母目線では「可哀想」という庇護すべき弱い存在・子どもであることにも、余計に泣かされる。

そんな騒動の後、三之丞がトキにお金を返しにくる。自分の力でタエを救いたいと言う三之丞に、トキは初めて強い口調で言う。このままだと死ぬ、冬が来たら生きていけない、と。自分を捨てて、家族のためにラシャメンになろうとした自分を見ろと笑い、こう伝える。

「おばさまをお救いしたいなら、自分を捨ててこれ(トキのお金)をもらって。それでも自分でなんとかしたいなら必死で働いて、いつかこのお金返してよ。言っとくけど、それまであんたに毎月10円渡すけん。ええね、ええね」

トキの顔も、口調も、これまでの「格下の親戚」から「姉」へと変わっている。人を使う立場でないと認めないタエの指示に従うばかりで、自立できない三之丞を、姉として奮い立たせようとしているのだ。それでも躊躇する三之丞に、フミが畳みかける。

「おトキが覚悟を決めて稼いだこのお金、三之丞坊ちゃんでももらわんは許さんけえ」

「もらいます」という三之丞に「『頂戴いたします』でしょ!」と、頭を下げて生きることを教えるフミ。トキが身を売ってまで産みの親を救おうとすることに寂しさを感じたフミに、トキは言った。フミでも三之丞でも同じことをする。家族だから、と。フミがトキのお金を三之丞に受け取らせるようダメ押しをしたのも、三之丞がトキの家族であり、自分にとっても家族であるととらえたためだ。

さらに、トキにヘブンの女中を続けることを勘右衛門(小日向文世)に納得させたのも、雨清水家を「格上の親戚」でなく「家族」ととらえたため。それを勘右衛門も受け入れ、トキに木刀を渡し、仕事先に持っていけ、稽古をつけてやると言う。どこまで行っても「サムライ」を引きずるズレた勘右衛門も、それで笑ってしまうトキも、すぐに安堵の表情を見せ、怠けそうになる司之介(岡部たかし)も、それに気づいて尻を叩くフミも、全てが松野家の通常運転だ。

それにしても、すれ違いだらけの今週改めて思い知らされたのは、異物に対する互いの偏見と、「わからない者同士」のコミュニケーションの難しさだ。

ヘブンのトキに対する「ウデフトイ、アシフトイ」の暴言は、サムライへの憧れからくる「ブシムスメ」への幻想によるものだし、その一方でヘブンが女中を所望したことによる「異人の女=妾」という思い込みも、やはり偏見だ。

英語が話せる錦織とヘブンの間ですらこんなすれ違いがあるのだから、まして言葉が通じない者同士は、心と心で根気よく向き合うしかない。

ともあれ、結果的に両家を養うWケア状態に陥ったトキ。高給な女中とはいえ、身は持つのだろうか。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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