【あんぱん】「アンパンマンによろしゅうな」万人ウケしない「弱いヒーロー」に命を吹き込んだ人物

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「アンパンマンに命を吹き込んだ人物」について。あなたはどのように観ましたか?

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※本記事にはネタバレが含まれています。

【あんぱん】「アンパンマンによろしゅうな」万人ウケしない「弱いヒーロー」に命を吹き込んだ人物 pixta_127851158_M.jpg

『アンパンマン』の原作者・やなせたかしと妻・小松暢をモデルとした今田美桜主演のNHK連続テレビ小説『あんぱん』の第24週では、私達の知る現在のアンパンマン誕生への決定的な瞬間が描かれた。

手嶌治虫(眞栄田郷敦)のアニメ映画『千夜一夜物語』でキャラクターデザインを手がけた嵩(北村匠海)。その成功のお礼として手嶌が制作費を出し、『やさしいライオン』を映画化、これもヒットする。一方でアンパンマンは雑誌掲載後も、太ったおっちゃんのキャラが「弱い」「かっこよくない」「マントがボロボロ」と散々な評価。身内であるメイコ(原菜乃華)には「地味」、蘭子(河合優実)にも「アンパンを配るおじさんが押しつけがましい」「万人ウケはしない」とまで言われてしまう。

それでも諦めずに読み聞かせを続けるのぶ(今田美桜)が、母・羽多子(江口のりこ)になぜそこまで太ったおんちゃんが好きなのかと問われると、「いちばん好きながは、かっこよくないとこ」と答える。幼い頃、いじめっ子をやっつけた時に羽多子から言われた「痛めつけた相手に恨みが残るだけ。恨みは恨みしか生まん」という教えを思い出し、「むこうから見たらこっちが悪者かもしれんやろ。正しいとか正しくないとかでなく、自分がうたれてもおなかをすかせた子ども達のために飛び続ける」と語るのだった。

一方、八木(妻夫木聡)は嵩を経済的に支え続ける。嵩が責任編集する投稿雑誌『詩とメルヘン』の創刊を提案し、「商業主義に毒されることはない。大量に売れることはないと覚悟してる」と前置きしつつも支援。結果的に史実では1973年から2003年まで30年続く長寿雑誌となった。その一方で、「アンパンマンは? 続きは書かないのか」と気にかけてくれ、評判が悪くとも嵩の「かっこよくなっても強くなってもいけない」という考えを理解し、「かっこいい正義の味方は一番信用できない......か」とその思いに共感。さらに今週ラストでは乳幼児がアンパンマンに良い反応を示すことにいち早く気づいていた。

アンパンマンに命を吹き込んだのは、病を押して訪ねてきた高知新報の元編集長・東海林(津田健次郎)だ。

腰の曲がった様子、落ちた頬肉、ザラついた声。明らかに死期を悟った東海林は、嵩の全ての作品をチェックしてくれていて、そんな中、「腑に落ちん作品」としてアンパンマンを挙げ、「どういて悪者を倒さんがよ。どういてかっこよう空を飛ばん。どういてボロボロのマントを着ちゅう」と問いかける。

のぶは「敵を倒してかっこよう飛び去ったら、壊された街に住む人らはどうなるがですろう」「自分を顧みず、弱い人を救うがが真のヒーロー」と答える。そして「アンパンマンは弱くていい、カッコ悪くていい、マントもボロボロでいい、アンパンマンは嵩さんにとって唯一信じられる正義の味方ながです」と語る。

東海林は「おまんらやっと見つけたにゃあ、逆転せんもんを」「おまんらが長い時間かけて見つけたもんは間違っちゃあせん。俺が責任を持つ」と断言。「アンパンマンによろしゅうな」と言い残して去っていく。

後日、東海林が間もなく亡くなったことを知った嵩は、命を削って会いに来てくれた東海林の言葉に背中を押され、「太ったおんちゃん」の顔をあんぱんにし、おなかが空いた人に自分の顔を食べさせるという新生アンパンマンを生み出す。

かつて東海林が2人に贈った「逆転しない正義とは何か。何年かかっても何十年かかっても、2人でその答えを見つけてみい」という言葉。東海林は2人が答えを見つけたかどうかを見届けるために、入院中の病院を抜け出してまで会いに来た。そして、その答えを聞き、安心して去っていく。自分の命を削ってまで会いに来てくれた東海林の姿こそ、まさに自己犠牲を厭わないアンパンマンの精神と重なるものだった。

蘭子が言ったように「万人ウケはしない」アンパンマンだが、少数の理解者・支援者たちの執念は尋常ではない。全くウケないのに読み聞かせし続けたのぶの忍耐力、採算度外視で援助し続ける八木の懐の深さ、そして命懸けで見届けに来た東海林の執念。

朝ドラでは「ヒロイン、万人に愛されすぎ問題」がよく指摘されるが、本作では「嵩、愛されすぎ問題」が勃発している。だがこれは単なるご都合主義ではない。やなせ自身が著書『何のために生まれてきたの?』で語った言葉がその理由を物語る。

「この世界は『運・鈍・根』なんです。『運』がよくなくちゃいけない。そしてあんまり器用に、何でも簡単にできるっていうんじゃなく、いくらか『鈍』であって。それからあと大事なのは、『根』。つまり、根気よくやらなくちゃいけない」

嵩の「鈍」さと「根」気強さが、周囲の人々の心を動かし、支援者を生み出したのだ。そして、そうした支援者に恵まれた「運」がアンパンマンを高く遠く飛翔させる。

「自分の顔を食べさせる」という発想は、「正義を行うたら自分も傷つく」という覚悟を形にしたものだった。強くて格好いいヒーローが主流の時代に、嵩が追求したのは真逆の存在。強さを誇示せず、敵を倒すことを目的とせず、ただひたすら困った人を助ける。その行為によって自分が傷つくことも厭わない。

絵本化されたアンパンマンは図書館や児童館に置かれるが、子どもには「自分の顔を食べさせるのは気持ち悪い」と言われてしまう。これは史実通りだ。そんな中、お茶の先生になったのぶの生徒として、目を輝かせて聞き入る女性・中尾星子(古川琴音)が登場。彼女はやなせの秘書を20年以上務めた越尾正子さんがモデルとされ、来週以降のアンパンマン大ブレイクへの重要な鍵を握る人物となりそうだ。

第24週は、後に69歳で大ブレイクを迎える「大器晩成」物語の核心を描いた。時代に逆行するかのような「弱いヒーロー」が、なぜ後に国民的キャラクターになったのか。それは時代を超えた普遍的な優しさと、自己犠牲の精神が、子どもたちの純粋な心に響いたからなのだろうか。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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