毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「何者にもなれなかった寂しさ」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】河合優実×妻夫木聡に新たな物語の気配...? 名曲の歌詞誕生の瞬間が描かれた今週を振り返る
※本記事にはネタバレが含まれています。

朝ドラ『あんぱん』第21週。
1964年春、嵩(北村匠海)が書いた詩に、いせたくや(大森元貴)がメロディーをつけて完成した「手のひらを太陽に」が大ヒットを記録した。
やなせたかし夫妻をモデルとした本作においてこの週は、嵩が作詞家として成功を収める一方で、本来の夢である漫画家への道への迷いを抱き、原点に立ち返る展開が描かれた。
「手のひらを太陽に」は歌手・白鳥玉恵(久保史緒里)の歌声で世に広まり、「みんなのうた」でも紹介されるなど、大人だけでなく子どもたちにも広く歌われるようになった。
さらに、作詞家として注目されるようになった嵩はNHKのディレクターである健太郎(高橋文哉)の依頼で、「まんが教室」という子ども向けテレビ番組に漫画の先生として出演することになった。第1回の生放送では緊張で絵描き歌を間違えてしまうが、それが逆に子どもたちに人気となる。
10歳の頃からやなせたかしと文通していたことがあると言う本作の脚本家・中園ミホは、筆者がインタビューした際、「やなせさんは小学生の私に弱音とか吐くんですよ(笑)。『またお金にならない仕事を受けてしまって、なんでこんなに忙しくしてるんでしょう、僕は』みたいなことを。小学生に人生相談したり、愚痴をこぼしたりしている人でした」と語っていた(ぴあMOOK『NHK連続テレビ小説あんぱん 勇気みなぎる名言ブック』)。
実際に自分のファンに対して見栄を張ったり格好つけたりせず、小学生とも対等な目線で話すやなせが生み出す作品が、大人より先に子ども達に「発見」され、支持されていくのは、自然な流れだったろう。
ドラマでもまた、嵩はどんどん売れっ子になり、かつて嘘のスケジュールで埋めた黒板が、次々に加わる新規仕事のリアルなメモに変わった。しかし、漫画家と言いつつも漫画では代表作のない焦りから描きたいものが浮かばなくなり、その焦りから目を背けるために仕事を受け続け、「本業」への悩みを抱えるようになる。
一方、空虚感を抱えるのが、会社を解雇されてしまったのぶ(今田美桜)だ。
この時代、企業では「結婚退職制」が一般的で、女性は結婚とともに職場を去ることが社会通念とされていた。当時の企業は女性社員に若さや素直さを求め、既婚女性が職場に留まることは稀だった。
余談だが、今週の舞台となった1964年、働く女性を表す新しい言葉「OL(オフィスレディ)」が週刊誌『女性自身』の公募により誕生している。「新しい時代の働く女性」への期待を込めた言葉の誕生と裏腹に、のぶの解雇が示すように、女性が直面する現実は依然として厳しかった。そして残念ながら、この構造は現代でも形を変えて残っている側面がある。
売れっ子になり生活が楽になった一方、「本業」について悩む嵩と、自分のアイデンティティを見失うのぶは衝突。のぶは蘭子(河合優実)の家に「近距離家出」する。
蘭子はフリーランスの物書きとして活躍、メイコ(原菜乃華)は母親として充実した日々を送る中、のぶは自分が教師→代議士の秘書→会社員と職を転々としながらも、どれもやり遂げず、嵩の子を産むこともできず、何者にもなれなかった寂しさを、嵩に吐露して涙する。
「世の中から忘れられたような......置き去りにされたような気持ちになるがよ......」
これは年齢・性別・立場に関わらず、筆者も含めた「何者にもなれない多くの人々」が一度は経験したことのある思いかもしれない。
しかし、順調に見える蘭子もまた、世間ウケを狙い、自分が書きたいものとは違う記事を書き、八木(妻夫木聡)にそれを鋭く指摘されていた。「やりたいこと」と「向いていること」「食うための手段」がすべて一致するのは理想だが、現実にはなかなか難しい。
八木は本業を見失う嵩について言った。
「天才に化けるか凡人で終わるかは、苦しくても努力し続けられるかどうか」
嵩にも蘭子にも手厳しい指摘をする八木だが、これは脇目もふらず「本業」にのみ専念しろという意味ではないだろう。闇酒で財を成し、それをガード下の子ども達への食と教育に注いできた八木が、「食うための手段」を非難・軽視するわけがない。
実際、今週ラストでついにアンパンマンの原点になるキャラクターが誕生したのも、断り下手&生活のために引き受けてきた作詞やドラマの脚本・まんが教室の先生など、様々な経験や出会いが養分となってのものだったはずだ。一見寄り道に思える経験でも、養分として蓄積し続けたとき、いつか何かのきっかけで開花することはある。ただし、そのときまで「苦しくても努力し続ける」ことが重要だということなのだろう。
嵩が自分の原点を思い出したきっかけには、康太(櫻井健人)との再会――羽多子(江口のりこ)が康太を連れて東京にやってきて、御免与町の朝田パンがあった場所で「たまご食堂」を開きたいと相談したことも影響しているだろう。
康太は戦時中、極度の飢えのために民家に押し入り、老女に銃を突きつけるという行為に及んだ。しかし、その老女が自分も空腹なのに卵を茹でて分けてくれた体験、その感謝と、何らかの形で恩義を返したいという思いが、「空腹で困っている人にはお金がなくても食べさせたい」という発想に結び付き、それを羽多子も手伝うことを決める。
幼少時には嵩の弁当を奪い、戦時中には飢えによって人間性を失いかけた康太だが、一人の老女の慈悲によって救われ、その恩を返すために生きてきた。
康太と共有している戦時中の苦しい思いが嵩の中で蘇り、おなかをすかせた人にあんぱんを配る「太ったおじさん」キャラが描かれる。そこに命を吹き込むのは、苦しみ、悩む嵩に、のぶが、草吉(阿部サダヲ)がいつもくれた「あんぱん」だ。
「のぶちゃんがいなかったら今の僕はいなかった。のぶちゃんはそのままで最高だよ」
と嵩は言った。
正直、その言葉だけで、のぶの心の霧が完全に晴れるわけではないだろう。真っすぐ突っ走ってきた人が、気づけば「何者でもない自分」に虚しさを感じるのは、人生の中盤~後半では往々にしてあること。
一方で、3回結婚・3回夫と死別し、その遺産で生活していた登美子(松嶋菜々子)は、のぶに夢が何か問われた後、お茶の先生になり、新たな出会いや人生を始めている。何が養分になり、いつ花が開くか、どんな花が開くかはわからない。そんな面白さを感じさせる『あんぱん』第21週だった。
文/田幸和歌子


