【あんぱん】河合優実×妻夫木聡に新たな物語の気配...? 名曲の歌詞誕生の瞬間が描かれた今週を振り返る

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「嵩の突破口」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】蘭子(河合優実)の絶妙な表情...2人(今田美桜&北村匠海)の結婚祝いシーンが「見事な演技合戦」に

※本記事にはネタバレが含まれています。

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『アンパンマン』の原作者で漫画家・やなせたかしと妻・小松暢をモデルとする今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』の第20週「見上げてごらん夜の星を」。


百貨店を退職した嵩(北村匠海)は「独創漫画派」という漫画家集団に加わっていたが、仕事は順調ではなかった。

大物漫画家の穴埋めで描いた「メイ犬BON」も、直前で流れてしまう。嵩の「夜の底に黒い犬がいて、小声で吠える。ボン・ボン・セ・シ・ボン。さみしい人、ボンはあなたの友人です」という詩的なつぶやきには、売れない漫画家の心境が込められていた。


一方、のぶ(今田美桜)は代議士・鉄子(戸田恵子)の下で秘書として働いていたが、突然解雇を告げられる。鉄子は、のぶが探し続けている「逆転しない正義」はここにいても見つからないと言い、次の就職先まで用意してくれた。

今日を生きることに精一杯の人々を救いたいという初心を、鉄子が忘れたわけではない。しかし、政治家としてやらなければいけない課題が山積している現状で、鉄子なりの精一杯ののぶへの応援だったのだろう。


秘書をクビになったのぶは、それを嵩に打ち明けられず、登美子(松嶋菜々子)を訪ね、思いを吐露する。しかし、登美子は嵩の多忙ぶりが見栄だと見抜いていた。登美子はのぶに、なぜ嵩を支えようとするのかという問いに、のぶは「大志があるから」と答え、その大志とは嵩と2人で一生かかっても探したい「逆転しない正義」だと語る。


逆にのぶは登美子に夢を尋ねる。3回結婚し3回夫と死別し、今は高齢の登美子には酷な問いの気もするが、登美子は懐かし気な表情で「あの日に帰ることね」と答える。

夫・清がいて、息子達がまだ小さかった、みんな笑っていた日々の幸せな思い出を語る登美子に、のぶは嵩が語っていた過去のとある場面の解釈を伝えた。登美子が嵩達を置いて去ったとき、実は泣いていたのではないか、白いパラソルをくるくる回してみせたのは、私はいなくなるけど元気を出して生きていきなさいという思いからではないかと。


史実では、やなせたかしはドキンちゃんのモデルを母とも妻・暢さんとも語っているが、おそらく登美子とのぶは似ているのだろう。

かつて母に置き去りにされた嵩の寂しさを登美子に向かって勝手に代弁し、それを嵩に咎められたのぶが、今度は嵩のあの日の思いを登美子に向かって代弁し、登美子の心を和らげる。のぶと義母は、いわゆる嫁姑というより、嵩という人物を深く理解し愛する、対等な同士のような関係を築きつつある。


その後、いせたくや(大森元貴)と六原永輔(藤堂日向)が嵩の元を訪れ、ミュージカルの舞台美術を依頼する。


クセの強い六原に気圧される嵩だったが、台本に記された「見上げてごらん夜の星を」というタイトルに心を奪われ、舞台美術の仕事を引き受ける。みんなが思いを一つにして共に舞台を作る情熱は、長らく孤独に漫画を描き続けてきた嵩には眩しく映ったのだろう。

本番では、舞台のラストで歌われた「見上げてごらん夜の星を」を聞いて感動するのぶの顔と、それを見つめ、何か考え込む様子の嵩の顔が映し出された。


ちなみに、14日の放送では午前8時12分頃にいせたくやが歌唱し、この時刻が坂本九さんの命日8月12日と数字的に一致することから、視聴者の間で追悼の意を込めた演出ではないかと話題になった。坂本九さんは1963年にこの楽曲をカバーしてヒットさせ、1985年8月12日の日航機墜落事故によって43歳で亡くなっており、今年で没後40年を迎える。制作側からこの時間設定についての公式コメントは出ていないが(※原稿執筆時)、視聴者からは「偲ぶ意味もあったのではないか」「鎮魂歌のよう」といった声が上がっていた。


その後、いせたくやから再び作詞を依頼された嵩は、それを断り、「僕は漫画家なんだ。ちっとも売れてないけど、漫画家は漫画を描くべきなんだよ」と言う。


のぶを幸せにしたい思いから一度は百貨店に就職し、デザイナーとして順調だった嵩だが、漫画に専念するために百貨店を辞めた後は、志ばかりで、漫画が全然売れない。「生活」に縛られると創作意欲はわかなくなる一方、「生活」という土台が危うくなると、焦りばかりが先行し、創作が楽しくなくなる――これはあらゆる創作に関わる人の多くが経験したことのある苦悩だろう。


六原は嵩に作詞ができる、嵩は「人を描ける人」だと言った。また、八木は、自分には嵩の書く言葉はみんな詩に聞こえるとつぶやく。嵩自身が気づいていない才能に気づいている人はいる。しかし、開花を阻んでいるのは、嵩自身の「漫画」への偏狭な執着か、それとも......。


自分の執着を捨て、求められる場所に身を置き、目の前のことをこなしているうち、流されつつたどり着いた先に道が拓かれることは多々ある。しかし、頑固さや執着・拘泥の蓄積が行き場なく同じ場所でドロドロに煮詰まり、何かの拍子で溢れ出し、綺麗な花を咲かせることがあるのも事実。


嵩の突破口は、ある日突然訪れる。


嵩を支えるべく、内緒で退社後に八木(妻夫木聡)の雑貨店で働き始めたのぶだが、ある日、嵩が店を通りかかり、のぶのWワークを知ってしまう。


嵩がのぶに謝罪し、抱きしめた瞬間、停電が発生。懐中電灯をつけたのぶは、明かりに手を透かして「嵩さん見て、ほら、血が流れてる」と言う。笑い合う二人。そして嵩がふとつぶやく。

「手のひらを透かしてみれば、真っ赤に流れる僕の血潮」

これが名曲「手のひらを太陽に」の歌詞が生まれた瞬間だった。嵩の突破口は、思えばいつでものぶがきっかけとなっている。


一方、のぶが働く店に訪れた蘭子(河合優実)は、八木と短い言葉を交わす。やり取りそのものはわずかなのに、八木の言葉がシェイクスピアの引用だと蘭子がすぐに気づくこと、視線の絡め方などから、二人の間に通じ合うものがあり、二人の物語が始まる気配が濃厚に漂っている。


来週からは「手のひらを太陽に」誕生へと向かう展開が予想される。長い苦悩の時代を経て、やなせたかしの代表作が生まれる瞬間がいかに描かれるのかに注目したい。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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