映画監督の信友直子氏が、認知症になった母と、母を介護する高齢の父・良則さんの姿をとらえた記録は、テレビ番組や映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』で公開され話題になった。2022年には、母との別れを描いた続編『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』も公開。ふたりの夫婦愛が大きな感動を呼んだ。
※この記事はダ・ヴィンチWebからの転載です。
妻を見送った後、広島県呉市でひとりで暮らす良則さんは、2024年11月で104歳になる。そんな彼の豊かな言葉や生活を、信友直子氏が娘の立場から綴るエッセイ集が、本書『あの世でも仲良う暮らそうや 104歳になる父がくれた人生のヒント』(信友直子/文藝春秋)だ。
良則さんの印象的な言葉を中心に、笑えて胸がじんわりと熱くなるエピソードを、著者が撮影した良則さんの写真とともに伝える。第1章、第2章では、認知症の母と暮らした時期の父の「ふたり暮らしの言葉」と、妻に先立たれた後の「ひとり暮らしの言葉」を紹介。さらに、新聞やテレビで人気の104歳・石井哲代さんとの対談も収録する。そんな本書には、誰かと一緒に人生を丁寧に歩んだり、厳しい時代にも負けずに生きていくためのヒントが溢れている。
たとえば、良則さんが90代半ばを迎えた頃に、妻に認知症の症状が現れた時の言葉。著者の母は専業主婦で、著者が小さい頃から、五右衛門風呂の薪割り・風呂焚きから夫の服の準備まですべての家事を担い、父は家で、ただ座って本を読んでいただけだという。しかし、母が認知症になったことにショックを受ける著者を尻目に、家事は何もできないと思われていた良則さんが「これからはわしがおっ母に恩返しする番じゃ」と、家事や母の介護を開始。そして、「誰でもなる病気」「これからはわしが掃除当番になる」「今朝は早う起きた。えらい!」という言葉で、嘆きがちな妻を前向きにさせる。著者は、活発な母に対しておとなしく、目立たない存在だと思っていた父の「ええ男ぶり」を見出していく。その物語は感動的だが、ユーモラスな視点ゆえに思わず笑ってしまう。
ひとり暮らしになり、寂しさを抱えつつも強く生きる良則さんの言葉も印象的だ。歳を重ねてからも自分の美学を貫き「苦労せずにもろうた知識は、すぐ忘れてしまう」「今できることはやり続ける」と、辞書を使った調べものや、ジムでの運動を続ける。同時に、環境や体の変化に応じて、「みんなにかわいがってもらえるような年寄りになる」と、心のあり方は柔軟に変えていく。本書では、良則さんが戦後にやさぐれていた頃に妻と出会い人生を取り戻したことや、娘の直子氏に、幼少期からさりげなく知識欲が育つ環境を与えたことなど、彼の人生にも触れているため、その言葉がとても重く感じられる。しかし、明るい呉弁とチャーミングな人柄ゆえに、人生の本質を射抜く言葉たちも、心にすんなりと沁み込んでくる。
さまざまな年代の読者が、本書を読むと必ず、将来の家族の介護や、自分が老いる姿をイメージするだろう。同時に、誠実に生きてきた良則さんのように老いを正面から受け止めることができるのか、不安になるかもしれない。しかし、相手を尊重すること、フラットに自分の身の程を知ること、そして、今、自分ができることをやること。良則さんが教えるそんなライフハックはシンプルで、実践することで、素敵な老いに近づけそうだと思える。ライフステージにかかわらず、人生に迷ったら立ち返りたい真理に満ちた1冊だ。
文=川辺美希