毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「対照的な2人のヒロイン」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】見上愛×上坂樹里、新朝ドラ開幕! 第1週で描かれた「正しさ」への問いと、運命のバディ誕生の予感
※本記事にはネタバレが含まれています。

田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主人公を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第3週「春一番のきざし」が放送された。
前週、東京でようやく出会った一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)。今週、二人はまた別々の場所で新しい一歩を踏み出す。りんは日本橋の舶来品店・瑞穂屋で働き始め、直美は身分を偽って"鹿鳴館の華"・大山捨松(多部未華子)に近づき、給仕として鹿鳴館に潜り込む。
対照的な二人の再出発を通して浮かび上がってくるのは、「自分をそのまま差し出す」ことと「自分を偽る」こと――二人がそれぞれ選んだ、社会への入り方の違いである。
りんは娘の環(宮島るか)を連れて卯三郎(坂東彌十郎)を訪ねる。頼んでいたのは結婚相手の紹介だったが、卯三郎から返ってきたのは、環ごとこの店で働かないかという思わぬ逆提案だった。店の倉庫にしている納屋の二階を住まいとして使わせてもらえることになり、りんと環の東京での新生活が動き出す。
瑞穂屋という場所は、前週に卯三郎が口にした「女も男も、強い人も弱い人もいて、社会」という言葉を具現化したような空間だ。洋書や舶来品が並ぶ店に出入りするのは、商品を誰よりも知り尽くすミステリアスな店員・柳川文(内田慈)、手代の松原喜介(小倉史也)、外国語に造詣が深く「生きる上で役に立たない言葉を知るのが好きで」と笑うメガネのオタク系青年・島田健次郎、通称シマケン(佐野晶哉)、旧知の仲だとふらりと現れる勝海舟(片岡鶴太郎)――肩書きや役割で人を値踏みしない面々ばかり。嫁ぎ先を飛び出してきた事情ごと、そのままのりんを迎え入れてくれる器がここにある。シマケンに外国人客の対応を助けられたりんは、「自分も瑞穂屋の役に立ちたい」と英語の勉強まで始める。
対して、直美が選んだのは正反対のやり方だった。メアリー(アニャ・フロリス)からドレスを借り、鹿鳴館の前で捨松の馬車に合わせて立ちくらみを装い、「父が病に倒れた」と嘘をついて鹿鳴館の仕事を直談判する。「This is my life」と流暢な英語で訴えた末、給仕の職を手に入れる。前週で「"正しい人"が嫌いなんです」と吐き捨てた直美が、身寄りのない孤児という出自を覆い隠し、士族の娘の仮面をかぶる。彼女にとって嘘は、モラルの問題ではなく、生き延びるための実務である。
その鹿鳴館にアメリカ帰りの海軍中尉・小日向栄介(藤原季節)が現れる。誠実そうな小日向に惹かれた直美は、外でのデートに誘われ、かんざしを贈られ、その帰りに交際を申し込まれる。前週に宣教師メアリーから「逃げることだけ? そこで何をしますか?」と問われた直美が、逃げた先でつかんだ答えが"偽ること"だったとすれば、その選択の重みは小さくない。
ここで思い出したいのが、第1週から引き継がれる対比だ。「たくさん間違えるりん」と「"正しさ"を拒絶する直美」。同じ問いを別の方向から抱えていた二人が、東京でそれぞれ"正しくない"自分の持ち方を選び始めている。
面白いのは、その二つの"正しくなさ"を、どちらも否定しない構えで描かれていることだ。そもそも捨松自身、会津藩家老・山川家の娘として戊辰戦争の敗戦側に生まれ、アメリカ留学を経て、かつて会津に砲弾を撃ち込んだ薩摩出身の大山巌(高嶋政宏)の後妻となった女性である。"鹿鳴館の華"というラベルそのものが、いくつもの矛盾を抱え込んだうえで成り立っている。だからこそ、捨松は直美の嘘を早々に見抜きながらも、突き放すのではなく、逆に炊き出しの手伝いを頼む。瑞穂屋がりんの事情をまるごと受け入れたように、鹿鳴館でもまた、直美の嘘を包み込む何かが動き出す。前週に卯三郎が口にした「社会(ソサエティ)」という言葉が、対照的な二つの場所を介して、少しずつ輪郭を帯びていく。
週の後半で忘れてはならないのが、美津(水野美紀)の動きだ。
離縁が成立していない夫・亀吉(三浦貴大)から仕送りを絶たれた美津と妹・安(早坂美海)は、りんの家に押しかけ、家族4人での東京暮らしが始まる。美津はさらに、娘の職場を案じて瑞穂屋まで出向き、卯三郎に直談判に及ぶ。ところが卯三郎は美津を別室に通すと、初めて口にするチョコレートと上等なネックレスでもてなし、元藩主の一族という気位の高い美津もすっかり上機嫌。隠し通すはずの一ノ瀬家の出自まで漏らしてしまう。「リターンさえいただければそれで」と穏やかに笑う卯三郎は食えない人物だが、前週に「負け戦を長引かせてはなりません」とりんに金を渡して逃がした美津もまた、局面の切り替えが早い人である。週末には、美津がご近所のマツ(丸山礼)らを巻き込み、家の片付けを手伝ってもらうなど、りんの暮らしも軌道に乗り始める。
りんが婚家を出て、美津が家格の重みから少しずつ降り、安もそれに続く――"元家老の家"の呪縛から、一ノ瀬家の女たちは一足ずつ別の生き方へと踏み出していく。
「春一番」は、ただ穏やかな春の訪れではない。強く不安定で、時に嵐をはらむ風の名だ。
瑞穂屋に集うのは謎めいた店員や肩書きのない青年たちで、一筋縄ではいかない。直美のほうは、偽りの身分の上に築かれた恋という危うい土台の上に立っている。それでも、嘘も含めて自分の道を選び取ろうとする直美の強さと、事情ごと自分を差し出すりんの芯は、第1週で信右衛門(北村一輝)が遺した「己を守るのは、己の頭と心、そして体だけだ」という言葉の、別々の実践に見えてくる。
鹿鳴館と瑞穂屋、社交の華と看護の卵――対照的なモチーフを重ね合わせながら、本作はそれらを安易に善悪で切り分けない。二人が出会い直し、バディとして歩み始めるまでの道のりに、「春一番」はこの先どんな風を吹かせるのか。第4週「私たちのソサイエティ」への助走として、密度の濃い一週間だった。
文/田幸和歌子




