【前回】仲野太賀の芝居が上手すぎてツラい...強いヒロイン・寅子(伊藤沙莉)に惹かれる2人の「臆病で優しい男」
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「加速する地獄」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
吉田恵里香脚本×伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』の第8週「女冥利に尽きる?」。はる(石田ゆり子)が寅子(伊藤)に覚悟を問うた「地獄の道」の正体が描かれた。
寿司屋も甘味処もなくなり、食卓も貧しくなり、新聞記事やラジオで、戦況が伝えられる。戦争は突然始まるのではなく、当たり前の顔でじわじわ日常を侵食していくことが伝わる、恐ろしい描写だ。
寅子の弁護士仕事は増えるが、優三(仲野太賀)との関係は微妙なまま。そんな中、寅子は担当した裁判に勝訴するが、依頼人の女性が嘘をついていたことがわかり、落ち込む。
女性が常に弱く虐げられているという単純な性別二元論で描かないところが実に本作らしいが、それが寅子にある変化をもたらす。落ち込む寅子を優三は「ず~っと正しい人のまんまだと疲れちゃうから。せめて僕の前では肩の荷をおろしてさ」と慰め、その優しさ・包容力に恋愛感情が芽生えるのだ。弁護士として社会的信用を得るための「結婚」として優三を利用し、愛情を搾取した寅子。だが、寅子が妊娠すると、さらなる地獄が始まる。
「子どもを産んだ女、産んでない女」の2つで分けられる当時の価値観(局地的には今も)において、前者を選んだ寅子だが、体のだるさを抱えつつ、仕事に励む。しかし、久保田(小林涼子)も中山(安藤輪子)も家庭と仕事の両立に疲れ、弁護士を辞めていき、気づいたら女性法曹は寅子一人に。よね(土居志央梨)は法曹になるべく勉強を続けているし、カフェーで法律相談にのり、依頼人を寅子に紹介もしている。よねはよねの闘い方で共闘しているのに、寅子にはそれが見えない。
そんな中、兄・直道(上川周作)が出征。いつもトンチンカンに発動する「俺にはわかる」が告げたのは、日本が戦争に勝って子どもたちにとってもっともっと良い国になること、寅子が元気な男の子を生むこと。嫌な予感しかしない。
さらに、轟(戸塚純貴)も出征。「死ぬなよ」というよねと、「俺を誰だと思ってるんだ」の絆に胸が熱くなるが、寅子は戦争に男たちが駆り出されることで、ますます仕事が増え、追い詰められていく。
職場には妊娠を伝えずにいた寅子だが、明律大学で講演を行う直前、疲労がたたって倒れてしまう。そこで寅子の妊娠を知った穂高教授(小林薫)は、寅子に仕事を辞めるよう促す。
「妊娠」を知った途端に口にするのは、「君の勤めは、子を産み母になることではないのかね?」「世の中そう簡単には変わらんよ。雨垂れ石を穿つだよ。君の犠牲は決して無駄にはならない」「人にはその時代時代の天命というものがあって、君の次の世代の女性が」
それを他でもない、寅子を法曹の道に導いてくれた穂高が、寅子の話を遮らずに聞いてくれた初めての大人が言うのは、「はて?」を超え、「なんだそら?(怒)」だ。しかも「君の勤め」「犠牲」って...。
「落ち着いて」「あまり大きな声を出すとお腹の中の赤ん坊が驚いてしまうよ」と笑顔で宥めようとする穂高が、急につまらないおじいさんに見えてくる。しかし、妊娠出産は、ときに命の危険を伴うもので、母体優先は致し方のないこと。また、穂高が見ているのは長期的体系的な法の道の行く末で、そのためには「個」は、おそらく穂高自身も含めて1滴の雨だれに過ぎないのだろう。いかにも理想論を語る学者らしいスタンスではある。
穂高は寅子の事務所に妊娠を話し、そこから「子を産み母になる」勤めを勧める男性包囲網によって「はて?」も奪われ、事務所を辞めることに。傷ついたのは、よねだ。共に闘ってきたつもりが何も知らされていなかった悲しみと虚しさを、よねは怒りとしてぶちまける。
「勝手に使命感に燃えて『やめていった仲間の想いを』だなんて、くだらないと思っていた。別に結婚したけりゃすればいい。子どもが産みたきゃ産めば良い。勝手にしろ。いちいち悲劇のヒロインぶりやがって」「自分一人が背負ってやってるって顔して恩着せがましいくせに。ちょっと男どもに優しくされたら、ホッとした顔しやがって。お前には男に守ってもらう、そっちの道がお似合いだよ」「心配ご無用。女の弁護士は必ずまた生まれる。だから、こっちの道には二度と戻ってくんな」
怒りに任せて「二度と」などという強い言葉で突き放したことを、後々まで引きずり、ずっと後悔し続け、傷つき続けるのは、おそらく言われた寅子以上に、口にしたよねのほうだ。
かくして友情も絆も脆くも分断され、寅子は泣きながら六法全書をしまい、その後出産。子供を優未と名付ける。戦争は激しさを増し、女子部は閉鎖。後輩の代では高等試験も行われず、女性の法曹は途絶えてしまった。
そんな中、とうとう優三に赤紙が届く。出征を前に、優三に「自分にできるのは謝るぐらい」と言う寅子に、優三はこう返す。
「トラちゃんが僕にできることは謝ることじゃないよ。トラちゃんができるるのは、トラちゃんの好きに生きることです」
辛いときに美味しいものをこっそり二人で食べる「いつも」を過ごした二人。出征の際に
は、緊張ですぐお腹を壊す優三をリラックスさせるために寅子がいつもやってくれた「変顔
」を優三がやり、「らしくない」と言った寅子が追いかけ、二人が「変顔」を送り合って別
れる。
それにしても、ここに至るまで経済的にも家族関係にも能力にも恵まれ、良き友も良き夫も手に入れた寅子が、「持てる人」に見えた。だからこそ去って行った者たちの思いを背負って闘っていくのだろう、とも。そして、至る場面で(優三の愛情を搾取することを除き)、寅子は常に正しかった。
ところが、「持てる側」が背負う苦しみ――何度も回想される女子部の仲間たちとの海辺の美しいシーンが寅子の磔になること、本来は強みだった圧倒的フェアネスが地獄を加速させる展開には脱帽だ。そして、「じゃあ私はどうすればよかったの?」の答えの見えない地獄から救い出してくれたのが、出征していく優三だったことも。何度も噛み締めたくなる第8週だった。