経営危機を感じてライバル店を偵察! そこで使われていたのは地元の食材ではなく.../潮風テーブル(5)

翌日。午前9時。

「暑くなりそう......」わたしはつぶやきながら、身じたくをしていた。  

これから昼までの3時間、一郎の船でマヒマヒ釣りに行く。店で使う食材の調達だ。  

ハワイ語で〈マヒマヒ〉、日本語で〈シイラ〉。  

美味しい白身魚だけれど、日本人にはなじみがない。見栄えが、美味しそうではない。  

そんな理由で、ほとんどの人が手を出さない。  

あるときの鮮魚店、1メートル近いマヒマヒが200円で売られていた。それでも、売れないようだった。  

ときどき、岸壁に捨てられているのを見る事もある。  

丸い眼を見開いて捨てられている姿は、物悲しい......。  

美味しい魚なのに、見栄えが悪いから捨てられている。〈お前には用がない〉と戦力外通告されて......。  

そんな光景を見るたびに、わたしの胸は切なくなる......。

そのマヒマヒを食材として使うため、わたしと一郎は釣りにいこうとしていた。  

もう7月の終わり。真夏の陽射しが、カリカリと照りつけている。  

いつでも頭から水を浴びられるように、ワンピースの水着。その上にショートパンツを穿いた。店を出ようとすると、

「はい、これ」と愛。何かのチューブを差し出した。見れば、

「陽灼け止め......」わたしは、つぶやいた。

「そっか、いちおう塗っといた方がいいよね」とつぶやく。自分の肩に塗ろうとした。すると、

「ダメだよ、海果」と愛。

「ダメって......」

「それは、一郎に塗ってもらうんだよ」

「一郎に?」と訊き返す。愛がうなずき、

「まったく奥手なんだから......」と言った。

「だいたい、陽灼け止めって、男の人に塗ってもらうものなんだよ」愛が言った。

「それって、どこで教わったの?」とわたし。

「漫画」と愛。  

そうか......。最近、愛は漫画を読み放題の無料アプリをスマートフォンに入れた。それで、しょっちゅうラブコメ漫画を読んでいる。

「海果、一郎といい線いきかけてるのは、わかってるんでしょう」と言った。

「はあ......」

「とりあえず、陽灼け止めを肩に塗ってもらうとか、そういうスキンシップで一歩前進だよ」と愛。

「はいはい」とわたしは苦笑い。

〈このませガキ〉の言葉は吞み込んだ。陽灼け止めを、デイパックに入れた。店を出た。

ザバッ!  

船のへさきから飛沫が上がった。  

ガラス玉のような飛沫が、真夏の陽射しを浴びて光る。  

一郎が操船する小型の漁船は、小さな波を切って、沖を目指す。  

港から南西に向かっていた。  

練習している大学ヨット部のディンギーをかわし、さらに葉山沖へ......。  

10分ほど走ったところで、速度を落とす。一郎は、二本のルアーを船の後ろに流した。

これで、マヒマヒがかかるのを待つ......。

青というより紺色に近い夏空。  

白いソフトクリームのような雲が、もり上がっている。  

まだ9時半なのに、陽射しは強い。  

そこで、わたしは思い出した。愛が渡してくれた陽灼け止め......。そうだ、あれの出番だ......。  

かたわらに置いたデイパック。そこから、陽灼け止めを出しかけた。  

そのとたん、ジャーッとリールが鳴った。

<続きは本書でお楽しみください>

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

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