経営危機を感じてライバル店を偵察! そこで使われていたのは地元の食材ではなく.../潮風テーブル(5)

「モンゴウイカ?」  

わたしは訊き返した。愛が、うなずいた。

「確かに、モンゴウイカを使ってた」と言った。

〈パスタ天国〉で、シーフードを使った〈ペスカトーレ〉、つまり〈漁師風パスタ〉を頼んだという。  

880円だったとか......。湘南の店としては、かなり安い。  

そこに使われてたイカが、モンゴウイカだったという。  

モンゴウイカは、漢字で書くと〈紋甲イカ〉。主に海外で獲れるイカだ。最近では、アフリカ沖とかで獲ってくるらしい。  

身が厚く、大量に水揚げされるから単価が安い。

わたしは、ふと、お爺ちゃんの怒った顔を思いだしていた。  

あれは、わたしが小学生の頃......。  

ある日、お爺ちゃんは漁師をやっている仲間と逗子の居酒屋に吞みに行った。その店で、モンゴウイカの刺身が出たという。  

そんな儲け主義の店だったらしい。

〈イカなら、目の前の相模湾で山ほど獲れるのに!〉

〈なんでわしらが、海外で獲った冷凍物を食わなきゃいかん!〉  

そう言って、お爺ちゃんたちは店のオヤジと喧嘩してきたらしい。家に帰ってきても、プンプンしていた。  

日頃は穏やかな性格なのに......。  

わたしは、そんな事を懐かしく思い出していた。それは、もう戻る事のない日々なのだけれど......。

1時間後。

「何してるの?」わたしは愛に声をかけた。  

トイレの件から、かなり立ち直った愛が、ノートに向かい何か書いている。

「人件費がこれで......」などと小声でつぶやき、何か計算をしている。

「あの〈パスタ天国〉の経営がどんなか、計算してるんだ」と愛。ノートから顔を上げた。  そして、説明しはじめた。

「まず、あそこはバス通りで路線価が高いから、もちろんテナント料も高いよね」と愛。

ろせんか......。わたしの知らない言葉だった。けど、そこは知らん顔。

「要するに、土地代が高いって事だね」とトモちゃん。

「そう......。だから、テナント料が高い。で、席数も多いから、人件費も極端には削れないよね」と愛。

「となると、削れるのはやっぱり食材しかないんだ」と言った。

「沢山あるチェーン店で、まとめて仕入れしてるのね」とわたし。

「そう......。だから、相模湾に面した葉山の店で、アフリカで獲ったモンゴウイカが出てくるわけだ」  

と愛。腕組みして、

「まあ、薄利多売の典型かも」とまた難しい言葉を使った。  

そして、〈パスタ天国〉のチラシを出した。  

メニューの中、〈漁師風パスタ〉そこにボールペンで〈アフリカの〉と書き加えた。  

アフリカの漁師風......。「やるね、経理部長」とわたしは苦笑い......。

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

この記事に関連する「暮らし」のキーワード

PAGE TOP