「見られた......」
と愛がつぶやいた。その顔が完熟トマトのように赤い。
わたしは笑いながら、「スッポンポンを見られたわけじゃないんだし、どうってことないよ」と言った。
見られたのは、おヘソから上。しかも、相手はベロベロに酔っぱらったオッサンだ。
でも、愛はふくれっ面。
「でも......坊やって言われた......」
と口をとがらせてつぶやいた。わたしは、また笑い声を上げた。
愛は、いま髪を後ろで束ねている。
基本的に痩せていて、中二にしては、胸の膨らみがほとんどない。
ベロベロに酔っぱらったオッサンが、そんな愛の上半身をチラッと見て〈坊や〉と言ったのも不思議ではない。
けれど、愛は納得していない表情。鼻までお湯に浸かった。
お湯に、ぶくぶくと泡が立っている......。
「〈坊や〉かよ......」と一郎。
「愛にはちょっと可哀想だが、思い切り笑えるな」と言った。
午前11時。魚市場では、まだ台風の後片付けをしている。
海にはまだうねりが残っている。漁船はみな、岸壁に舫われている。
もしかと思って一人で来てみたのだけど、魚もイカも落ちていない。
わたしは、一郎に昨夜の出来事をさらりと話したところだった。ひどく酔っ払ったオッサンに風呂場を覗かれた事。そのときの愛の様子など......。
聞いた一郎は笑い続け、
「ドジな愛らしいな」と言った。そして、「風呂の修理がまだなら、うちで風呂に入ればいいよ」と言ってくれた。
そこへ、魚市場で働いてるらしい十代の男がきた。
「一郎さん、船の増し舫い、そろそろ解きますか?」と訊いてきた。
「そうだな、やろう」と一郎。
彼は、この漁協では青年部長という立場だと聞いた事がある。若手のリーダーという事らしい。一郎はわたしに、
「じゃ、夕方、風呂に入りに来いよ」と言い船の方に歩いて行く。
一郎の家に行くのは、初めてだった。
鐙摺の漁港から、歩いて1分。
コンクリート・ブロックの塀に囲まれた、ごく普通の二階家。
家のわきに、古いブイや漁網が積み重ねてある。漁師の家らしさはそれぐらいのものだ。
「入って」と一郎。わたしと愛は、リビングルームに入った。
いま、お父さんもお母さんもいない。
「親父たち、まだ定置網や刺し網の修理をやってるんだ。風呂に湯を入れといたから、入っていい」
と一郎。わたしはうなずく。愛に、
「先に入っていいよ」と言った。愛は、うなずく。タオルなどを持ち、風呂場に入っていく......。
「すごいトロフィー......」
わたしは、思わずつぶやいた。
かなり広いリビングの隅。たくさんのトロフィーや写真が飾ってある。
それは、野球選手としての一郎が獲得してきたものらしい。
「こういうの飾るってあまり好きじゃないんだけど、親父やお袋がどうしてもって言ってさ......」と一郎。わたしはうなずき、それを眺めた。
中学時代の大会優勝トロフィー。高校時代のトロフィーがいくつも......。
そして、優勝旗を持ってチームメイトと撮った記念写真。
さらに、ドラフト会議でプロ野球入団が決まったときのものだろう。横浜のチーム・ユニフォームを着て、球団の代表らしいおじさんと握手してる写真......。
そんな、トロフィーや額に入った写真がいくつも並んでいる。
それを眺めていたわたしは、その斜め後ろにある一枚の額に気づいた。
ほかの額に隠れるように、そっと置かれている額......。
「これは?」とつぶやいて、わたしはそれを手にした。手にして、思わず無言......。
そこには、一郎と愛が並んで写っていた。