台風で風呂場の壁に穴が! シートで隠して入浴するも、酔っ払いが近づいてきて.../潮風テーブル(2)

「見られた......」

と愛がつぶやいた。その顔が完熟トマトのように赤い。

わたしは笑いながら、「スッポンポンを見られたわけじゃないんだし、どうってことないよ」と言った。

見られたのは、おヘソから上。しかも、相手はベロベロに酔っぱらったオッサンだ。

でも、愛はふくれっ面。

「でも......坊やって言われた......」

と口をとがらせてつぶやいた。わたしは、また笑い声を上げた。

愛は、いま髪を後ろで束ねている。

基本的に痩せていて、中二にしては、胸の膨らみがほとんどない。

ベロベロに酔っぱらったオッサンが、そんな愛の上半身をチラッと見て〈坊や〉と言ったのも不思議ではない。

けれど、愛は納得していない表情。鼻までお湯に浸かった。

お湯に、ぶくぶくと泡が立っている......。

「〈坊や〉かよ......」と一郎。

「愛にはちょっと可哀想だが、思い切り笑えるな」と言った。

午前11時。魚市場では、まだ台風の後片付けをしている。

海にはまだうねりが残っている。漁船はみな、岸壁に舫われている。

もしかと思って一人で来てみたのだけど、魚もイカも落ちていない。

わたしは、一郎に昨夜の出来事をさらりと話したところだった。ひどく酔っ払ったオッサンに風呂場を覗かれた事。そのときの愛の様子など......。

聞いた一郎は笑い続け、

「ドジな愛らしいな」と言った。そして、「風呂の修理がまだなら、うちで風呂に入ればいいよ」と言ってくれた。

そこへ、魚市場で働いてるらしい十代の男がきた。

「一郎さん、船の増し舫い、そろそろ解きますか?」と訊いてきた。

「そうだな、やろう」と一郎。

彼は、この漁協では青年部長という立場だと聞いた事がある。若手のリーダーという事らしい。一郎はわたしに、

「じゃ、夕方、風呂に入りに来いよ」と言い船の方に歩いて行く。

一郎の家に行くのは、初めてだった。

鐙摺の漁港から、歩いて1分。

コンクリート・ブロックの塀に囲まれた、ごく普通の二階家。

家のわきに、古いブイや漁網が積み重ねてある。漁師の家らしさはそれぐらいのものだ。

「入って」と一郎。わたしと愛は、リビングルームに入った。

いま、お父さんもお母さんもいない。

「親父たち、まだ定置網や刺し網の修理をやってるんだ。風呂に湯を入れといたから、入っていい」

と一郎。わたしはうなずく。愛に、

「先に入っていいよ」と言った。愛は、うなずく。タオルなどを持ち、風呂場に入っていく......。

「すごいトロフィー......」

わたしは、思わずつぶやいた。

かなり広いリビングの隅。たくさんのトロフィーや写真が飾ってある。

それは、野球選手としての一郎が獲得してきたものらしい。

「こういうの飾るってあまり好きじゃないんだけど、親父やお袋がどうしてもって言ってさ......」と一郎。わたしはうなずき、それを眺めた。

中学時代の大会優勝トロフィー。高校時代のトロフィーがいくつも......。

そして、優勝旗を持ってチームメイトと撮った記念写真。

さらに、ドラフト会議でプロ野球入団が決まったときのものだろう。横浜のチーム・ユニフォームを着て、球団の代表らしいおじさんと握手してる写真......。

そんな、トロフィーや額に入った写真がいくつも並んでいる。

それを眺めていたわたしは、その斜め後ろにある一枚の額に気づいた。

ほかの額に隠れるように、そっと置かれている額......。

「これは?」とつぶやいて、わたしはそれを手にした。手にして、思わず無言......。

そこには、一郎と愛が並んで写っていた。

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

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