台風で風呂場の壁に穴が! シートで隠して入浴するも、酔っ払いが近づいてきて.../潮風テーブル(2)

【第1回】海辺のボロ料理店に台風到来! 不安な夜、少女が語った「離散した家族との思い出」

湘南の港町にある素朴な魚介レストラン「ツボ屋」。別名「ビンボー食堂」は女性店主・海果が、家族が離散した愛や町の人々の助けを借りて経営している。稼ぎ時の夏、大型台風の到来やライバル店の開店などが重なり大ピンチに...! 守りたい居場所が、ここにある――。『潮風テーブル』(KADOKAWA)は、海果を取り巻く人間模様を描いた心温まる物語。作中に登場する美味しそうな料理の数々とともにお楽しみください。

※本記事は喜多嶋 隆著の書籍『潮風テーブル』(KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました。

台風で風呂場の壁に穴が! シートで隠して入浴するも、酔っ払いが近づいてきて.../潮風テーブル(2) 31t4VbrqekL._SY445_SX342_.jpg

2 エーちゃんは、ひどく調子っぱずれ


「何!?」とわたし。

「一階だよ!」と愛。

わたしたちは、ベッドから出た。幸い、停電はしていない。恐る恐る、一階に降りる......。

店は、大丈夫。何も起きていない。その奥にある風呂場に行く......。そこで、わたしたちはかたまり、口を半開きにしていた。

お風呂場の壁に穴が開き、ボートの先端が突っ込んでいた。

「これって......」とわたし。

「砂浜に捨ててあるボート......」と愛。

うちの店から歩いて20秒で森戸海岸の砂浜に出る。

そこには、古いボートが捨てられている。貸しボートで使われていたボートだ。

その朽ちかけたボートたちは、砂浜に重ねて捨てられている。

その一艘が、強風にあおられ、飛んできたらしい。

ボートは、運ぶのが楽なようにFRPという樹脂で出来ている。あまり重くはない。

そんなボートが、台風の風にあおられて飛んできて、お風呂場の壁に突っ込んだらしい。

「はあ......」とわたし。

愛も、口を半開きのまま、その光景を見ている。

呆然......。

「ぶったまげたな、こりゃ」

とオジさん。苦笑いしながら言った。

翌朝の10時。台風は、もう関東地方を行き過ぎ、三陸沖に......。

愛と仲のいい同級生が、トモちゃんという子だ。彼女の家は、葉山で工務店をやっている。

そこで、朝一番、愛がトモちゃんに電話した。

〈風呂場の壁に、ボートが突っ込んだ。なんとかして〉と......。

そしていま、トモちゃんのお父さんが、工務店の若い衆を二人連れて、来てくれたのだ。

「まあ、このボートは大人二人で楽々運べるぐらい軽いから、あのすごい強風にあおられて飛んできても不思議ないなあ」

とトモちゃんのお父さん。

もう、若い衆たちが壁に突っ込んでいるボートを撤去しはじめた。家の壁が、メリメリと音を立てて崩れる......。

「修理には4、5日かかるなあ、建材を用意しなきゃならないし」

とトモちゃんのお父さんは言った。

とりあえず、壁に突っ込んでいるボートは撤去された。けれど、壁にはすごく大きな穴があいている。穴というよりは、風呂場の壁の一部がなくなったと言える。

工務店の若い人たちが、そこに目隠しのブルーシートを張りはじめた。

「覗かれないかなあ......」

と愛。もそもそと下着を脱ぎながら言った。

「大丈夫じゃない?」とわたし。頭からTシャツをすっぽりと脱いだ。

夜の9時過ぎ。

わたしたちは、お風呂に入ろうとしていた。

今日一日、台風の後片付けをした。潮と砂まみれになった店の窓や壁を洗ったり、飛び散ったバケツなどを拾い集めたり......。

そんな一日が終わると、汗びっしょり。お風呂に入らないわけにはいかない。

けれど、お風呂の壁には大きな穴があいている。

工務店の人がブルーシートを養生テープで貼ってくれていたけれど......。

「覗いたりする物好き、いないよ」

わたしは言った。

お風呂の外は、細い道。昼間は観光客が行き来するけど、夜のこんな時間に通る人はほとんどいない。

わたしは服を脱ぎ、バスタブに入った。愛も裸になり入ってくる。

この家を作ったわたしのお爺ちゃんは、元漁師。海の仕事から帰るとお風呂に入るのが楽しみだった。

なので、バスタブはかなり大きい。わたしと愛は、そのお湯に首までつかり、

「ああ......」と一息ついた。

その歌声が聞こえたのは、10分後。

なんか、オッサンの歌声が近づいてくる。たぶん〈エーちゃん〉こと矢沢永吉の曲......。

ただし、えらく調子が外れている。エーちゃん本人が聞いたら嘆くだろう。

オッサンは、どうやらひどく酔っ払っているようだ......。やがて、ブルーシートの前で立ち止まったようだ。

ろれつの回らない声で、

「なんだこれ」と言い、ブルーシートをはがそうとした。バリッとテープがはがれかかる。

「あ!」

と首までお湯につかっていた愛。バスタブで立ち上がろうとした。

けれど、オッサンが、店のノレンを分けるようにシートをめくった方が早かった。

「きゃ!」

と愛。バスタブの中で叫んだ。上半身は、お湯から出ている。

愛を見たオッサンは、とっくに60歳を過ぎてるだろう。

陽灼けした坊主頭に、はちまき。その目の焦点がまるで合っていない。「あ、風呂場か」とつぶやいた。相変わらずろれつが回っていない。

愛は、あわてて胸を隠そうとした。けれど、オッサンは、

「ごめんな、坊や」と愛に言った。

また調子っぱずれで〈エーちゃん〉らしい曲を歌いながら、よろけた足どりで歩き去っていく......。

 
※この記事は『潮風テーブル』(喜多嶋 隆/KADOKAWA)からの抜粋です。

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