歌集『サラダ記念日』が出版されて今年で三十年です。著者はいうまでもなく俵万智さん。一九八六(昭和六十一)年に新人の登竜門である角川短歌賞を受賞し、その翌年の出版でした。
「この味がいいね」と
君が言ったから
七月六日はサラダ記念日
歌集のタイトルの有名な歌です。サラダのようなさわやかな恋歌が持ち味です。会話の言葉を取り入れていて、リズムにも楽しさがあふれています。
実はこの歌について、俵さん本人がのちにこんなことを言っています。
「この一首を作る契機となる出来事は、現実には七月六日ではなかったし、素材はサラダでもなかった。ではなぜこの日付を選び、サラダにしたのかというと、理由はそれぞれたくさんあるのだが、一つにはS音の響きということを考えたからである」(『短歌をよむ』)。S音とは「シチガツ」と「サラダ」のシ・サの子音Sのことです。
つまり、何でもなく歌われているようにみえて、多方面から工夫された「創作」の歌だというのですね。
『サラダ記念日』からもう少し紹介してみましょう。懐かしく感じる人も多いと思いますが、どうですか?
「寒いね」と話しかければ
「寒いね」と答える人の
いるあたたかさ
「嫁さんになれよ」だなんて
カンチューハイ二本で
言ってしまっていいの
一首目は、ありふれた言葉だけを使って、しかも味わいは深いですね。二首目は、「カンチューハイ」の語の使用が大いに話題になりました。若い女性だけでなく、多世代の男女が引き付けられました。
『サラダ記念日』は当時話題となり、歌集としては異例の大ベストセラーになりました。理由はいろいろ挙げることができますが、重要なのはかつてベストセラーだっただけでなく、今日も多くの人に読まれているロングセラーだということです。前に読まれた方も、もう一度手に取って読んでみませんか?
Column
短歌入門の本はたくさん出ています。俵万智さんの『短歌をよむ』(岩波新書)は、それら入門書の中でも分かりやすく、しかも奥深い内容なので、おすすめの一冊です。
第一章は「短歌を読む」。短歌の作品を読む楽しみを教えてくれます。先人の開発したワザを学ぶことは、自分の作歌にも役立ちます。
第二章は「短歌を詠む」。どのように短歌を作ったらいいか、初心者からベテランまで参考になることが書かれています。
そして、第三章は「短歌を考える」。短歌と現代について考えさせてくれます。
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生
1943年、宮崎県生まれ。歌人。読売文学賞選考委員。歌誌『心の花』の選者。