昭和のスポ根マンガ『巨人の星』に出てくる星一徹(いってつ)は、虐待親父だったのでしょうか? 息子の飛雄馬(ひゅうま)に対して、日常的に体罰を振るい、過度なトレーニングをさせ、自分に従わないと、ちゃぶ台をひっくり返す。その行為だけ見ると、まさに虐待であり、家庭内暴力のようにも見えます。結果的には、息子を巨人の星にしたのですから、評価は難しいところです。
こういう世界がアリだった時代に育ったぼくたちは、つい「愛があれば、虐待じゃない」と心のどこかで擁護したくなります。でも、「愛」という甘い言葉にだまされてはいけません。愛があっても、暴力は暴力なのです。
最近、幼い子どもを虐待したとして、若い親が逮捕されるニュースが目立っています。虐待による子どもの死亡事件は、この10年ほど、年間50件以上発生しています。
こうした事態に対応してか、厚生労働省の研究班は5月、体罰のない育児の推進に乗り出しました。その名も「愛の鞭(むち)ゼロ作戦」と題したチラシをつくり、体罰や暴力、暴言が子どもの脳の発達に深刻な影響を与えることを訴えています。
「愛の鞭」と思っているのはその子の親だけ
子育ては、いつの時代も大変です。親も感情をもつ人間ですから、初めはしつけだと思っていても、子育てやそれ以外のことで疲れたり、イライラしていたりすると、ついカッとなってしまうこともあるでしょう。
その疲れやイライラがたまっていくと、「愛の鞭」という名のもとに、怒鳴ったり、たたいたり。それはやがて虐待へとエスカレートしていく可能性があります。
全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は2006年度は約3万7000件でしたが、
15年度は10万3000件を超えました。
この相談を内容別にみてみると、「心理的虐待」がほぼ半数の47.2%。蹴る、殴る、水風呂に入れる、などの「身体的虐待」は27.7%。子どもを無視したりする「ネグレクト(育児放棄)」はその後に続きます。少数ですが、「性的虐待」もあります。
虐待というと、身体的な暴力をすぐ連想しがちですが、心理的虐待がいちばん多いのです。子どもに向かって尊厳を傷つけるような言葉を吐いたり、ほかの兄弟と差別したり。
子どもの前で、父親が母親に暴力を振るうなどのいわゆる「面前DV」なども、心理的虐待となります。
こうした虐待を受けた子どもは、脳の発達に深刻な影響を受けることがわかってきました。
(後編に続く)
鎌田實(かまた・みのる)
1948 年生まれ。医師、作家、東京医科歯科大学臨床教授。チェルノブイリ、イラクへの医療支援、東日本大震災被災地支援などに取り組んでいる。近著に『遊行(ゆぎょう)を生きる』(清流出版)、『検査なんか嫌いだ』(集英社)、『カマタノコトバ』(悟空出版)、『「わがまま」のつながり方』(中央法規)。