2月3日に公開される映画『東の狼』。100年以上も前に狼が絶滅した奈良県東吉野村を舞台に、幻の狼を追い続ける孤高のハンターを演じた藤竜也さんにインタビューしました。なんとも言えない温かさで質問を受け止めながら、丁寧に言葉を選んでお話される藤さん。「本当に」とか「とても」といった言葉を口にしない代わりに、藤さんから絞り出されるシンプルな一言は、思いがこもっていて、こちらの心に届きます。撮影秘話からプライベートのお話まで、広く語っていただきました。
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天使と悪魔の果てしないグラデーション
――次々に作品に出演されていますが、これだけエネルギッシュにお仕事をされている原動力は?
藤 やはり欲望でしょうね。何か面白い作品はないかなと。人って両性動物だと思うんですよ。つまり、天使の世界も悪魔の世界も両方生きられる。その両端の間には底知れないグラデーションがある。果てしないんですよね。だから、性懲りもなく作品というかね......小説にしても映画にしても、出てみたことのないものをと思うんです。
――いろいろなグラデーションを生きられる。役者さんって魅力的な職業ですね。
藤 そうですね。僕個人はひとつの人生しか生きられませんから。1カ月は他の人の人生を生きられる。けっこうくたびれます(笑)。でも、それがいいんです。何か少しくたびれることをしないと、生活って変でしょ。何がしかのくたびれることがなかったら、退屈でしょうがないよね。
――作品によって、天使になったり悪魔になったり。
藤 悪魔の面を持つ役はなかなか来ないですね。やってみたいですね、そういう壮絶な役も。
主なロケ地となった東吉野村は奈良県南東部の山に囲まれた村。
この土地も、もうひとりの登場人物のよう。
年齢を経ても、
演じることは変わらない
――出演作を選ばれる基準は?
藤 自分の役に関しては、人としてそれなりにきちんと描かれているかどうか。シナリオ全体では、魂を感じられるかどうか。その二つですね。
――魂を感じられるシナリオで、悪魔の面を持ったお役が来たら?
藤 いい監督ならね。監督次第だね。監督とホン(台本)です。1にホン、2にホン、3に監督かな。僕らはパーツですから。
――天使と悪魔の間のグラデーション、年齢を経るごとに理解できる感情が増えていくように思うんです。演じるお仕事については、藤さんの中で何か変化がおありなんでしょうか。
藤 それはないですね。変わらないです。
――毎回が新しい?
藤 ええ。ただ、歳を重ねると、いい加減になるというか...空海の言葉で「どんなに悪いことをした人でも、皆、大きな掌(てのひら)の上にあって、皆、菩薩なんだ」というのがあるんです。めちゃくちゃですよね(笑)。なぜその言葉に出会ったかというと、昔、『愛のコリーダ』(1976/注2)という映画があったでしょう。すごいラブストーリーだと僕はとらえて、これはやらなきゃ損だと思ったんだけど、同時に性行為を映画の中でしなきゃならない。それは許されるのだろうかという苦悩があったんです。その時、何かのきっかけで空海のこの言葉を耳にしてね。歳をとると、当たり前だけど、いろいろ許されるようになりますよね。演じる分にはね、人間なんて両性動物だから。視点や状況が変われば、利害関係の対極にある人から見たら、天使は悪魔に見えるかもしれないし、悪魔もしかりですよね。そういう小難しいイキモノだから、果てしなく人は映画や絵画や小説を通して、おしゃべりするんじゃないですかね。
注2:『愛のコリーダ』...大島渚監督が阿部定事件を描いた愛の物語。芸術か猥褻かの議論が裁判にまで発展したが、1976年のカンヌ国際映画祭で高く評価され、2000年には初公開時にカットされた部分をほぼ復元したリマスター版が公開された。
約100年前に日本で最後にニホンオオカミが確認された場所が東吉野村。
彰はその存在を今も信じ続けている。
今だから聞きたい『愛のコリーダ』への思い
――『愛のコリーダ』の吉蔵(きちぞう)さんは本当にかっこいい男の人でした。藤さんにとって大切な作品だと思うのですが。
藤 そうですね。あの役は、(大島渚)監督が吉蔵役を演じる人に随分当たったらしいけれど、なかなか成立しなくて、最後の最後に、チーフ助監督だった崔洋一さんが、藤はどうかと大島さんに話して、それで崔さんから僕に電話があったんです。崔さんとは、その前に仕事したことがあったので。それで大島さんの事務所に行ってホン(台本)を渡されたのね。
――そんな経緯があったのですね。いま、振り返られていかがですか?
藤 (思いを込めて)やってよかった。大島さんに感謝しています。ある種のラベルは貼られたし、毀誉褒貶(きよほうへん)がありますね。大島さんのあの映画がなぜ40年経った今も存在しているかといえば、うんと嫌う人がいて、良いと言う人がいて、その中で下にも落ちず、上にも上がらず、つまり消えてなくならない。そんな印象が僕はすごくあるね。あの映画の(吉蔵の)「惚れた女だから、どんなことがあっても引き受ける」というね。あれはやっぱりあの時の若さ、勢いだと思いますね。
取材・文/多賀谷浩子
1941年、北京生まれ。日活入社後、『望郷の海』(1962)で映画デビューし、数多くの作品に出演。76年の映画『愛のコリーダ』で報知映画賞主演男優賞、『村の写真集』(03)で上海国際映画祭主演男優賞を受賞。近年の出演作に『龍三と七人の子分たち』(15)『お父さんと伊藤さん』(16)など。倉本聰脚本のドラマ『やすらぎの郷』(17)では寡黙な任侠映画の元スター"秀さん"を演じて話題に。今秋には日中仏合作映画『CHEN LIANG』が公開される。
『東の狼』
100年以上もの間、ニホンオオカミが目撃されていない東吉野の森。長年、猟師として生きてきた仁村彰(藤竜也)は、絶滅した狼の存在を今も信じている。狼にのめり込む彼の姿勢に、周囲の猟師たちは段々着いていけなくなるのだがーー。昔気質の猟師である彰と、彼の周りで変わっていく時代。その哀感の中に、狼と対峙し続けたひとりの男の人生を浮かび上がらせた骨太な作品。舞台となる奈良県東吉野村の美しい自然と暮らしも魅力。
2月3日(土)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
監督:カルロス・M・キンテラ
出演:藤竜也、大西信満、小堀正博ほか
配給:HIGH BROW CINEMA
@Nara International Film Festival& Seven Sisters Films
2017年 日本・イギリス・スイス・ブラジル・キューバ 79分