歌人・永田和宏さんの作品を鑑賞しましょう/伊藤先生の短歌の時間

pixta_22609589_S.jpg現代の代表的な歌人であり、優れた生物学者でもある永田和宏さんがこの度「現代短歌大賞」を受賞しました。近刊の『永田和宏作品集Ⅰ』(青磁社)並びに過去の全業績に対してです。

 

 きみに逢う
 以前のぼくに遭いたくて
 海へのバスに
 揺られていたり

若き日の作を収めた第1歌集『メビウスの地平』から恋の歌です。
「あう」を意味する「逢」と「遭」の文字の違いに着目しましょう。「逢」の字は、巡り逢いや逢い引きなどに使われます。

「遭」の字は、災難に遭う、事故に遭うなど、好ましくないものに直面した時に使われます。この歌は「きみ」に逢う前と逢った後では、青春が一変したという歌なのです。「きみに逢う以前」の自分などどこかに飛んでいってしまっているのです。

『短歌』12月号で永田さんの特集を組んでいました。その「きみ」、やがて妻となった河野裕子(かわのゆうこ)さん(残念ながら2010年に死去されました)についてインタビューで語っています(以下引用)。

「俺の人生って、河野裕子に出会ったことが、そのすべてだったという気がするな。もうサイエンスも何もかも全部除けて、河野に出会ったこと、それだけでいい」。

『短歌』12月号に永田さんの新作50首も出ていました。その中でも、次の1首に特に目が留まったので、ご紹介したいと思います。

 

 抱きたいと思へる女性が
 どうしやう
 どこにもなくて
 裕子さん、おい

永田さんはたとえば「抱き寄するとき掌(て)に触れて汝(なれ)も持つ翼捥(も)がれし痕か鋭く」(『黄金分割』)のように、「抱く」をテーマにした歌を多く詠み続けてきた歌人としても有名ですが、この1首は絶唱だと思います。彼女と出逢い結ばれ、抱き続けてきて、世に亡きあとも抱いているという歌なのです。前出のインタビューの言葉を見事に作品化していると私は読みました。

『万葉集』は相聞歌(そうもんか)を重要な部立(ぶだて)にしています。永田さんは愛を詠み続けてきた最も伝統的かつ現代的な歌人です。

 

<Column>
皆さんの作品もそうですが、短歌は日常の暮らしを題材にしています。それは当然であり、大切なことです。ただ、どのように歌うかという工夫は必要ですね。例を挙げます。

 

 わが使ふ光と水と火の量の
 測られて届く
 紙片(しへん)三枚
  『雲の地図』大西民子(たみこ)

お分かりでしょう。
電気、水道、ガスの使用量の通知について歌っています。「光と水と火の量」の表現がとても洒落ていて楽しいですね。暮らしを見つめる目まで変わりそうです。

 

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<教えてくれた人>
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生

1943年、宮崎県生まれ。歌人。読売文学賞選考委員。歌誌『心の花』の選者。

この記事は『毎日が発見』2018年2月号に掲載の情報です。

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